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白椿

3/3話目。


「綺麗」


 中庭を見てすぐに漏れた言葉。それがそのまま表すような美しい風景が広がっていた。


 周りを囲むたくさんの白椿。どこを見ても白椿が目に入る。

 ライトアップされて、角度により白い光と共に濃ゆくなった影との対比で、美しさがより一層深みをましたもの、白い光を反射させて椿が淡白く光っているように見えるもの、様々な表情をのぞかせていた。


 想像以上の風景に寒さなど忘れて心を奪われる。しばし放心してしまった。

 辺りをゆっくり見回していると、中庭の奥に、目立つところがあるのに気づく。


 ライトアップの光が、他の白に比べてほんの少しだけ青に近い白だった。その所為で、この一箇所だけより冷たそうな印象を受ける。


 気になって、思わず創也の元を離れてその場所へと駆け出した。


「おいっ、道奈!」


 創也の声が聞こえたような気がしたが、今はそれどころではないのだ。


 吸い寄せられるように、向かう。


「はぁ…はぁ…」


 少しだけ走ったからか白い息が荒く口からでたが、私の目は一点に集中している。


 そこにあるのは、一輪の一際大きな白い椿。


 とても綺麗なんだけど綺麗と言うよりもどこか――――




 寂しそう。




「はぁ、はぁ、道奈! 急に走るなよ」


 創也の方を振り返る。創也も走ってきたようだ。


「ごめん。つい」


 一応謝っておこう。


「わお。すっげー大きな椿だな」


白角倉(しろすみくら)、別名白澄(しらすみ)と呼ばれる白椿を改良し、冬でも咲くようにした冬白角倉(ふゆしろすみくら)をさらに遡行錯誤を重ねて改良して作られた冬白角倉(ふゆしろすみくら)の大輪です。改良した反動で一輪しか咲きませんでしたが、こちらがこの中庭の主役となってます」


 少し後から風間涼と火宮暁人もきて、説明してくれた。


「なんか、この椿とても寂しそうだね」


 主役なのに。


「そうか? 光の所為じゃねえ?」


「それもあるけど…自分は望んでいないのに、立派で大きいからって、他の椿と離されて、一人ぼっちにされたみたい」


 青白い光に照らされた白椿を見つめながら呟いた。

 複雑な表情で椿を見てしまう。ただの花なのに人事のような気がしない。


「風邪引くよ。そろそろ帰ろうか」


 そう言って創也が自分の上着を私にかけてくれた。私のファーの上着は中では暑かったので会場の受付に預けてあって今は着ていない。

 言われてみれば寒いことに気づく。椿に夢中になりすぎていたようだ。


「…この椿が枯れたらどうするんですか?」


 火宮暁人に振り返って問いかけた。


「…」


「…あの?」


 火宮暁人は返事もせず、ただ私のことを見続けていた。聞こえなかったのだろうか。はっきりと言ったつもりなのだが。


「おい、暁人。…おい!」


「えっ、あ、はい、どうしました?」


「俺じゃねぇよ。道奈ちゃんがお前に椿は枯れたらどうするのかって聞いたんだ。どうした?ボーッとして」


「すみません。考え事をしていました。あの椿は枯れる前に乾燥させてドライフラワーにする予定です」


 現実に戻ってきた火宮暁人が答えてくれた。


 ドライフラワーなるものは聞いたことないが、とりあえず花を乾燥させて長く保たせるということでいいのかな?


「そうなんですね。少しだけホッとしました」


 こういう庭では少し枯れただけでチョッキンされたりするものだ。

 本当によかった、そうはならないみたいで。


 少し微笑みながらもう一度椿をみた。

 

 悲しい末路にはならないと知ったおかげか、寂しそうだった椿は一転して、寂しさに負けず、堂々と誇り高く咲いているように見えた。



 私も負けずに頑張ろう。



「その椿、よろしければ差し上げましょうか?」


「え?!」


 突然の火宮暁人の提案にびっくりする私。


「とても高級な椿なんですよね? そんな簡単に人にあげてもいいんですか?」


 試行錯誤してやっとできたもの、とさっき言っていたはずだ。


「いえ、ドライフラワーにした後は家に飾る予定でした、ずっとホテルに飾るとお客様も飽きてしまうので。家に花を嗜む者はいません。荒木さんの元にいた方がこの椿も幸せでしょう」


 なんでこの人がこんなに嬉しそうな顔をするのだろう。嬉しいのは私の方だ!


「ありがとうございます!責任を持って一生幸せにしますね!」


「あはははは、なんか父親から嫁をもらいに来た婿って感じだな! ただの花なのに!」


 笑い出す風間涼。こいつはいちいち失礼なやつだ。


「ドライフラワーにしたら連絡します。携帯の番号を聞いてもいいですか?」


「あ、はい。携帯は確か」


 小さなカバンから携帯を取り出す。


「あははははははは!! おじいちゃん携帯!!!! そんな可愛いカバンから!!! おじいちゃん!! ダメだ!!! 腹いてえええええええ」


 途端に、ひいひい言いながらお腹を抱えて大笑いしだした失礼野郎。もう名前で言ってやるもんか。


 …携帯におじいちゃんも若者もないもん。あまり使っていないから新品同様だぞ。


「涼、さすがに笑いすぎだ」


 創也が代わりに伝えてくれた。さすが私の友。


 確かに携帯の種類は創也のと違うって試験前に番号を交換するときに気づいた。

 創也も私の携帯を見た時、一瞬固まってたから、あまり使われない携帯なのだろうか。


 創也は笑わず、何も言わず、速やかに番号の交換をしたぞ。少しは見習ったらどうだ。


 失礼野郎は放っておいて番号を交換する。


「はい、登録完了です。近々連絡しますね」


「俺も俺も! 交換しようぜ、道奈ちゃん!」


 笑いから復活した失礼野郎が何か言ってる。


「交換する理由がないから、いやだ」


 プイッと外方を向く。


「えええ、機嫌悪くしたなら謝るって、本当にごめん! 道奈ちゃんの携帯がおかしくて面白かったんだ!」


 それは謝罪になるのか?

 交換しないとずっとこのまま喚き続けそうだ。その方がもっといやだな。


「うるさい。交換するから黙って」


「うはあ。創也、道奈ちゃんの態度が冷たくなった。どうしよう」


「俺に聞かず、自分で考えろ」


「創也も冷えええ」


 うるさい。


 番号をパパッと交換してみんなでもと来た道を戻った。


「中等部に上がるのが楽しみになりました。同じクラスになるといいですね、荒木さん」


「俺も楽しみだ!」


「そうですね。知り合いは多い方が心強いです」


「それでは私はパーティーに戻ります。お二人は確かこれから帰るのでしたね、お気をつけて」


「俺はもう少し暁人といるかな。お前、一人じゃつまらんだろ。んじゃ、次は学校で会おうな!」


 そう言って、火宮暁人と失礼野郎は私たちと従業員の入り口の前で別れた。


「上着ありがとう。寒かったでしょ? ごめんね気を遣わせちゃって。はい、返すね。それと、今何時か聞いていい?」


「どういたしまして、俺は大丈夫。寒かったらいつでも言って? 今は6時半を少し過ぎたくらいだ」


「うわ、早めに抜け出す予定だったのに。じっちゃんの店に着くのは8時過ぎそう。お腹すいたよね? 少しだけ食べていく?」


「いや、このまま帰ろう。母さんと父さんにはメールで今から帰るって送ればいいから。道奈が作ったものが気になってしょうがないんだ」


「了解! 急ごう!」


 そう言って私たちは足早に会場を後にした。


念のため。

※冬白角倉はフィクションです。

_______________


文章を少し修正しました。6月30日、2:27

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