パーティーの準備
3/3話目。
案外時間がかかってしまった片付けをやっと終えると、3時を回っていた。
まだ2時間ほど時間に余裕がある。間に合ってよかった。
任務を一旦終えた達成感に浸っていると、
カランコロンと店のドアが開く音がした。
そう言えば、病院から帰って来た時に鍵をかけるのを忘れていたな。
前回の創也が定休日にお茶を要求して来た時も鍵をかけるのを忘れていたのに、また同じミスを犯してしまったようだ。
反省は後でして、ドアに向かう。
「道奈さん、こんにちは。見つかって良かったわ。携帯に全然でないのだもの」
創也母が、なぜここにいるのか。
そう言えば、お礼の準備に気を取られていて携帯を携帯するのをまた忘れていた。まだ持ち歩く習慣がついていない。
「こんにちは。すみません。部屋に置きっぱなしで作業をしていました。5時頃、創也が迎えに来るとお伺いしてましたが、何か変更が?」
「残念、元の口調に戻ってしまったわね。気が向いたらまた娘になってね? 私はいつでも大歓迎よ」
家族ごっこはもうしたくないので、曖昧な笑みで誤魔化す。
「創也と5時に待ち合わせだと、パーティーに行く準備の時間がなくなってしまうから、私が早めに迎えに来たのよ。創也ったら、女の子は男子の何倍も準備に手間がかかることを知らなかったみたいね」
そういうものなのだろうか。まあ、創也母がそう言うのなら、そうなのだろう。
「わかりました。急いで出る準備をしますね」
「車で待ってるわ」
パーティーに必要なものは全て創也母が持っているので、特段私が持って行かなければいけないものは携帯だけだ。
二階に上がって映画を観ていたじっちゃんに出かけることを伝える。携帯を持って、エプロンを外してコートを着た。外に向かい、車に乗り込む。
着信履歴を見ると携帯には知らない番号が多数入っていた。これが創也母の番号か。あとで登録しておこう。
「こうして二人きりで話すのは初めてね。昨日は道奈さんのドレスを選ぶのに夢中で、きちんと話せなかったもの」
「そういえば、そうですね」
「…今まで創也が女の子と話すときは、お花を相手にするような態度だったのよ。でも道奈さんとはちゃんと女の子として話せてて。私はね、とても嬉しいの」
お花を相手にするような態度…丁寧に扱うということだろうか。
「これは女の子をお花のように大事に思っているとか、そういう意味ではなくて、人として相手にしてないという意味よ」
私の疑問が表情で伝わったのか創也母がより詳しく説明してくれた。
えええ、つまり創也は女の子を意思のある人ではなく、ただ咲いているお花を眺めるような感じで接してるということか。
なんだかそれは虚しいな。それに、女の子に対して失礼だと思う。
でも、私は創也が優しい心を持っていることを知っているし、実際にその優しさに触れたこともある。
何が創也をそう考えさせてしまったのだろう…。
「…創也は人に優しくできる友達だと私は思います。なんで女の子を人として扱わないようになったのか、わからないけど。何か理由があると思うし、優しい創也ならいつかきっと女の子もちゃんと考える人間なんだって気づいてくれると思います」
もっと仲良くなれば、気づいてくれるかもしれない。
私が女の子の代表になるのだ! 友人の私が気づかせよう!
「道奈さんが創也と出会ってくれたことに私はとても感謝してるわ。これからも創也のこと、よろしくお願いするわね」
この時の創也母の顔は愛情溢れる母の顔だなと思った。
****
まだかな。
パーティーの準備を終えた後、私は今、窓際に椅子を持ってきて座っている。
創也母も準備があるからと、私たちは創也の家に到着してすぐに別々の部屋に別れた。
パーティーの準備は創也の家の使用人たちが手伝ってくれたのだが、最後の方はされるがままになってボーッとしていた。
あえて言えば、パーティーの準備が終わるに連れて、使用人達が興奮し出したのを収めるのが大変だった。
「荒木様、大変お綺麗でございます!」
「お人形かと見間違うくらいです!」
「はぁはぁはぁはぁはぁ」
ほっぺを紅潮させて鼻息荒く迫ってくる使用人達が少し怖かった。特に一番最後の人。
お世辞でも、褒めてくれるのは嬉しいけど、普通に言ってほしい。
鏡に映る自分をもう一度見てみる。
青空と白い雲を混ぜたような薄い水色の膝丈ドレス。腰から下にかけてふんわりと膨らんでいるから印象がとても柔らかい。いつもつけるようにしているじっちゃんから貰った首飾りとよく合うドレスを選んでくれたようだ。
ドレスに合わせた暖かいファ―の上着もセットであるが、今は脱いである。
髪はハーフアップにして昨日一緒に買ったキラキラの髪留めで止めた。
顔にはうっすらお化粧がされていていつもより大人っぽい。
前の世界でもお母さんに連れられて外出する時によくしていたような格好だ。
化粧を除けば、いたって普通だと思う。
はあ。それにしても暇だ。
創也たちが来るまで空でも眺めて待っていよう。
――――――コンコン
しばらくしてドアのノックが聞こえた。
「道奈? 入るよ」
部屋に入ってきた創也はきちりとしたタキシードを纏っていた。白地に黒色で裾や襟が縁取られていて、いつもより洗練されたように見える。首元のネクタイは私のドレスとお揃いの色だ。
「…」
私を見るや否や固まった創也を窓から振り返って見る私。
急に固まるなんて新鮮な挨拶、私は知らない。
どうしたんだろう。疑問になって椅子から立ち上がり創也の元へと近づいて行く。
「おーい。創也? これは新しい挨拶か何か?」
創也の目の前を右手でひらひらと横に振りながら顔を傾けて覗き込んだ。その拍子に私の黒髪がハラリと肩から流れ落ちる。
創也の目元がほのかに赤い。
「?!」
突然創也にほっぺを下からそっと撫でられて、驚いた。
ななな、なんだ!? レディに勝手に触れるなんて! 友達でも失礼だぞ!
私の左ほっぺにはまだ創也の手があって、親指でさすりさすりとゆっくり撫でている。
くすぐったっ。
思わず首を竦める形になってしまった。
一体創也は何がしたいんだ。礼儀がなっていない。
創也の腕を掴んで私のほっぺから引き剥がす。案外簡単に離れた。
「断りもなくレディに触っちゃダメ! それじゃ良い紳士になれないよ!」
ここは友人として注意する。
「断りを入れたら、触れてもいい?」
いや、断りを入れられても困る。なんでそんなに触れたいのだ、創也は。
しばし考える。
もしかしたら、触れ合いながら仲良くなるのが日本のやり方なのかもしれない。
これから創也ともっと仲良くなると決めたのだ。ここは人肌脱ぐか。
「いいよ」
そう答えたら、返事の代わりに創也から熱い熱い眼差しが帰ってきた。
熱すぎて創也から目をそらす。
左のほっぺに別の人の体温をまた感じた。創也の手はそのまま下がって首筋をゆっくりと撫でていく。
とてもくすぐったい。だが我慢だ。プルプルと体が小刻みに震えてしまう。自分で自分の手をぎゅっと握りしめて耐えた。
これは創也と仲良くなるためだ。女の子も人なのだと友人として気づかせるのだ。
心の中でそう繰り返した。
「くすっ」
なっ!? 笑ったな!? 私はこんなに頑張っているのに!
「可愛い」
ドレス姿を褒めてくれたのかな? けれども、熱を含んだような、そんな創也の声は聞いたことがなくて困惑する。
創也の顔を伺ってみると、獲物を見定めたような目に身動きが取れなくなった。
こんな創也、知らない。
怖くなって距離を取りたいのに足が、動かない。
なぜ私は身の危険を感じているのか! どうなっている! 親睦を深めていたはずだ!
静止した状態に反して心の中は大暴れである。
―――コンコン
ドアのノックの音と共に創也が速やかに離れた。
…助かった。
と思ったらどっと疲れを感じる。まだパーティーに着いてもいないというのに。
先が思いやられる。
先ほどノックをしてきたのは使用人だった。
時間があまりないので、先に創也の両親は車に乗り込んで私たちを待っているそうだ。
私を迎えに行ったはずの創也がなかなか部屋から出てこないから呼び出しにきたという。
…親睦を深めるにも時と場合があると思うぞ。あとで文句を言ってやる。
暴走(?)した創也には困ったものだ。
車に向かって早歩きで隣を歩いている創也はいつもの創也に戻っていて、少しホッとした。
創也のスケベ心は進化した、の巻。