お礼1、お礼2
2/3話目。
水曜日、早朝6時。
冬の冷たい空気を胸に吸い込んで見上げる空はまだ薄暗い。
日の出まで後少しってところかな。
今日はじっちゃんの店の定休日。
開いていない店のキッチンを借りて今日はお世話になった人にお礼を作るのだ。
2階にもキッチンはあるが、小さ目だし、じっちゃんにすぐバレてしまう。
今日は多忙なスケジュールとなっている。
このまま日が昇るまで空を眺めていたいが、我慢。
顔を洗って、動きやすい服に着替える。この時エプロンを着るのを忘れない。
鏡に映る自分を見ながら髪を一つに結ぶ。一人でできる唯一の髪型だ。
じっちゃんが起きないように、そっとつま先で1階にある店のキッチンへと向かう。さながら今の私は忍び寄る精霊スーシャのようだ。
一階に到着。
冷蔵庫を開けて「食べるな危険」と書いて貼っておいた食材たちを出す。
こうしておけば勝手に使われずにすむのだ。
まずは、じっちゃんへのお礼。
感謝を込めて、朝食を作ってあげる!
じっちゃんの手伝いを何度もしている私にかかれば朝食を作るのもお手の物。一人で作るのは初めてだけど、簡単な料理なら大丈夫!なはず!
早速取り掛かろう。
――――――――――そして出来上がったものが、こちら。
目玉焼き。見た目は上出来!
サラダ。洗ってちぎっただけさ!
納豆。冷蔵庫から出したのさ!
白ご飯。これは完璧! 少し柔らかいのはあえてだ。あえて。
ソーセージ。何か物足りない気がしたからみじん切りでアレンジ!
ふう。やりきった感が心地よい。
今すぐ食べたくなるの我慢して、出来上がったものを2階の食卓へと一つずつこぼさないように持っていく。
何度も往復して食卓に運び終えた頃に香りの良い朝ごはんにつられてか、じっちゃんが起きてきた。
「道奈。どうしたんだ? いつもは空を眺めている時間だろう?」
そうである。朝じっちゃんが朝ごはんを作る間は色の変わる空を眺めるのが私の日課なのだ。料理のお手伝いは基本、じっちゃんが昼食を作る時だ。だから、作り方を知っている朝食の料理はあまり知らない。
…もっとすごくて、美味しくて、じっちゃんが「あっ」と驚くものが作りたかったな。
やりきった感から一変、前々からもっと習っておけばよかったと、テーブルの上を見て今更後悔する。お礼をしたいと思ったが幸福日とばかりに実行してしまう自分が情けない。
「あのね、いつもじっちゃんにはお世話になってるから、お礼をしようと思って。じっちゃんの代わりに朝ごはんを作ったんだ。…だけど、いつもじっちゃんが作ってくれるようなもっと手が込んだものを本当は作りたかったの。だから、次は練習してもっとすごい朝の料理を作るね!」
学校が始まるまで、まだ時間がある。もう一度じっちゃんのために朝食を作ろう。
今度、朝の料理本でも手に入れるか。
最近知ったのだが、日本は図書館を無料で誰でも使えるそうだ。てっきり最初に高額な担保を支払わないといけないかと思っていた。
もっと早く知っていれば、本屋に行ってわざわざ買わなくても済んだのに…。
すぎたことはしょうがない。買った本は大切に使って、いつか売ろう。
「私のために朝早く起きて作ってくれたその気持ちだけでも、私は嬉しいよ。無理せずに料理はゆっくり学んでいこう。さあ、せっかく道奈が作ってくれた朝ごはんが冷めてしまう。一緒に食べよう」
喜んでくれたようだ。よかった! じっちゃんに頭を撫でられてから食卓の席に座った。
「この目玉焼きは素材を活かしてるね、卵の味がする」
「やはりサラダがあると朝食の彩が豊かになるな」
「私は朝、必ず納豆を食べる。よく知ってるね、道奈」
「みじん切りのソーセージと柔らかめのご飯が合ってとても美味しいよ」
私が作った料理(と呼べる程のものではないが)に一つずつ感想を言ってくれるじっちゃん。優しいなあ。
「じっちゃん大好き! いつもありがとう!」
思い浮かんだ言葉がそのまま口に出た。
素直な言葉に伴って、表情も素直な満面の笑みになった。
「私もだよ。道奈」
目尻のシワを深くしながら目を細めて笑いかける優しい顔。
私が一番好きなじっちゃんの表情だ。
心がポカポカと温まっていく。
お礼をしてよかった。
この調子で他のお礼も無事に渡すのだ!
****
温かい朝食を食べ終えた後、片付けまで遂行する。
片付けまでが、料理だ。
これは、じっちゃんに言われた言葉。それに習って、片付け終えたら、次はお医者さんに渡すお礼に取り掛かる。
作るものはズバリ、ホットケーキだ!
じっちゃんがお昼に時々作ってくれる混ぜて焼くだけのケーキ。しかも美味しい!
これなら今の私でもできそうなので、これにした。次回があれば、本格的な地球のお菓子も作ってみよう。
――――――――――そして出来上がったものが、こちら。
左にある真っ黒な色から右にいくにつれて薄茶色に色が変化していくグラデーションのように並べられた、たくさんのホットケーキ。
失敗は成功を産む隠れたドラゴンとよく言うではないか。
たくさん焼いたおかげか、いつでも完璧なホットケーキを作れるようになった。
キレイに焼けたホットケーキは10枚程確保できたし、よしとしよう。
ホットケーキを冷ましている間に、後片付けを終わらせる。
この後は創也に渡すお礼の下準備に取り掛かるのだ。仕上げは夕方パーティーから帰ってきてする。
時計を見ると、11時を回っていた。
昼頃に渡すのが理想なので、まだ余裕がある。
このまま渡すと味に飽きてしまうから、少しアレンジするか。
――――――――――考えた末に生み出したのが、こちら。
ホットケーキハンバーガー。
積み上げられたホットケーキの間にイチゴジャム、マーマレード、バター、はちみつの順番で交互に塗り込んだ一品。
10枚重なってあるのである意味、圧巻である。
朝食と比べて迫力のある料理を作ることができた私はとても満足だ。
ラップで包んで箱に入れて持っていこう。飾り気が少しないのでリボンで箱を結んだ。
気づくと12時すぎになっていた。急いで病院に向かう。
病院に到着すると、診察を受けにきた患者さんがちらほらいた。平日の昼頃はこんなものだろう。
「お久しぶりです。お医者さんはいますか?」
受付にいた永遠のお姉さんに話しかける。
「あら、道奈ちゃん。先生は今診察中よ? またどこか怪我したの?」
入院していたので病院の人たちは皆私のことを知っている。顔パスで済むのだ。
「いえ、私は元気です。今度の春、寮付きの学校に行くことになりまして、その挨拶と入院した時お世話になったお礼をしたくてきました」
「あらあら、この町を離れてしまうの! 寂しくなるわあ! そうねえ。今は患者さんが少ないからすぐに診察は終わると思うわ。それまで、部屋の中で待ってて、私から先生に伝えておくわね」
「はい!」
職員の休憩室みたいな所に通された。
すぐって言ってたから、すぐ来るのだろう。30分待って来なかったら、ホットケーキと置き手紙だけ置いて、後日改めてお礼を言いに来よう。
暇なので窓から見える空を眺めながら待った。
「久しぶりだね。その後調子はどうかな?」
入院していた時と全く変わらない姿でお医者さんが現れた。
「お久しぶりです!おかげさまで元気です。私、今度学校に通うことになりました。しばらくは会えなくなるので、その挨拶と、これは入院の時にお世話になったお礼です!」
両手で抱えていたホットケーキが入った箱をお医者さんに渡す。
「これはこれは。開けてみてもいいかな?」
「はい!」
お医者さんがリボンを解いて箱の蓋を開ける。
「この香りは、ホットケーキ?たくさん焼いたんだね」
「名付けて、ホットケーキハンバーガーです! 間にジャムとか飽きないように色々と挟んであります」
すごいだろう。力作である。
「ははははっ。これはすごい。道奈ちゃんが焼いたんだね? 美味しくいただくよ。ありがとう」
お医者さんが頭を撫でてくれる。撫でてくれたのは本日二人目だ。
「学校か。順調に前に進めているようで先生は嬉しいよ。道奈ちゃんは強い子だね。少し寂しくなるけど、機会があればいつでも遊びにおいで」
日本に落ちた当初の私を知っているお医者さんは私のことをとても心配してくれていたようだ。
「はい。仕事のやりすぎでお医者さんも倒れないように!」
本当にこの人は忙しいのだ。診察する患者がいない時でもパソコンと呼ばれる魔道具のようなものを使って黙々と仕事をしている姿を入院していた時に見かけたことがある。
「こりゃ一本取られたね。気をつけるよ。道奈ちゃんも空ばかり眺めて風邪を引かないように」
その点は注意しているから大丈夫だ。
「それでは、私はこの後用事があるので、先に失礼します。入院の時、たくさんお世話になりました。ありがとうございます」
「どういたしまして、元気でね」
忙しいのに来てくれたお医者さんに再度お礼も込めて、ぺこりとお辞儀をする。
お医者さんは私が部屋を退室するまで感慨深いような眼差しで私を見ていた。
よし、最後は創也にお礼だ。
****
家に着くとまだ昼の1時半。創也が迎えにくるのがだいたい夕方の5時くらいだから、まだまだ時間はある。
後一息だ。
創也に渡すお礼はズバリ、肉じゃがだ!
じっちゃんが作る料理の中で私が一番好きなものなのだ。それを創也にもぜひ味わって欲しいと思って選んだ。
確か手順は、食材を切って炒めて煮汁で煮て蒸す?
今日作った中で一番難易度が高そうだが、やると決めたからにはやるぞ。
――――――――――そして出来上がったものが、こちら。
鍋に入った、具材たち。
茶色っぽく色づき、肉じゃがの香ばしく優しい香りが漂っている。味見をしたところ、じっちゃんの肉じゃがとは少し何か足りない気がするが、初めてにしては上出来レベルであろう。
うむ。こんなものかな。
満足できるものが作れた代わりに店のキッチンはとても悲惨なことになってしまった。
片付ければ問題ないさ。
肉じゃがを作り終えた時点で、そろそろ私のお腹が限界だ。
グルルルゥっと悲鳴をさっきからあげている
昨日持って帰ったカレーを食べよう。とりあえず腹ごしらえだ。
片付けはそのあとで。
そう言えばじっちゃんはカレーを食べてくれただろうか。本当は一緒に食べたかったが、今日は何分多忙の身であるため、断念したのだ。
冷蔵庫を開けて見ると、ココナッツカレーが残っていた。
二日連続ココナッツカレー…。
じっちゃんも邪道だと思ったのだろうか。
美味しいから文句は言いまい。
そこでふと気づく。
一人で食べるご飯はこれが初めてだな。
寂しく感じてしまうだろうと思っていたが、そこまで感じなかった。
確かに店のキッチンで一人、カレーを食べているのに…一人だと感じないからだ。
二階にじっちゃんがいるって思っているからか。
カレーを見るたびに昨日の楽しかった時間を思い出すからか。
それとも、お礼のことばかり考えて寂しく思う暇がないからか。
どっちらであれ、寂しく感じずに一人で食べれてよかった。
私は考えを途中でやや強引に中断して、カレーを口に掻き込んだ。
早めに片付けを終わらせよう。
創也が迎えにくる5時まで間に合わせないと―――。
・ファンタジー知識
精霊スーシャ:忍び寄り、ヒザカックンをして人を驚かせて出た感情を食べる精霊