創也母、乱入の巻
後半、シリアスめです。
今日は創也とお買い物だ。
待ち合わせ通り、車で迎えに来てくれた。
今は車を時間制で支払う駐車場に止めて、服屋まで歩いている。
実は少し緊張気味なのだ。じっちゃんの店があるあの町から出て外をこうやって歩くのはこれが初めてだからだ。創也の家に行った時は家の中だけだったしね。
人通りも車も多い道、迫り来るような大きな建物、いつもと違う空気の香り。
初めて見る『都会』の街並みにおどおどキョロキョロしながら、創也について行った。
そんな中、創也に早速連れられて一件の服屋さんに入ったのだが、
「久しぶりね、道奈さん。入試合格おめでとう」
創也と一緒に入った店には創也のお母さんがいた。
びっくりして緊張が吹き飛んだ。
偶然ここでお買い物をしていたのかな?
「もう、創也ったら。こんなに楽しそうな事を黙っているなんて、ひどいわぁ。だから急いでここまで来たのよ?」
いや、待ち伏せしていたようだ。でもなぜ?
そして隣の創也からは明らかに不機嫌そうな雰囲気を感じる。
「お久しぶりです。創也のお陰で無事に合格する事ができました。とても感謝しています」
「ふふふ、そうなのね。うちの息子が力になれたようで私も嬉しいわ。今日は明日のパーティーの為のお買い物でしょう? ぜひ私にも選ばせて欲しいの」
私が着る服を選ぶ為に待ち伏せしていたのだろうか。
その発想が分からない。他人の服を選んで何が楽しいのだろう。
「あまり高いものでなければ、私はなんでも構いません。お手を煩わせるわけにも行きませんし」
「遠慮しないで? これはただの私の我儘よ。ずっと娘を着飾らせるのが夢だったの。うちは息子一人だから…今日だけ私の娘になってくれないかしら?」
しょんぼりと眉を下げて私を見つめて来た。
やっぱり、よく分からない。
たぶんそれは私がまだ母親になった事がないからだろう。
そういえば、私のお母さんも私をおめかしさせて出かける時は、必ず使用人達と一緒に服を選んでいたな。あれは自分の娘を着飾らせたかったのか。
娘を着飾らせたい母親心、ね。
よし、私がその夢叶えてやろう。
創也のお母さんは、1日だけ道奈のお母さんだ。
「はい、私でよければ。今日はよろしくお願いします、お母さん」
笑顔付きのサービスだ。
…。
『お母さん』って純粋に口にしたのはいつぶりだろうか。考えたら、懐かしさと寂しさが湧いて来た。深く考えずに承諾したことを早くも後悔した。
違う。違う。これはミリエルの感情。これはミリエルの感情。今の私は道奈だ。私は道奈。じっちゃんにお世話になってるただの女の子。
自分に言い聞かせるように唱えてから、自分を落ち着けさせた。
「まぁまぁまぁ! なんて可愛いの! 創也、聞いた? 道奈さんから『お母さん』って言われたわ! どうしましょう。今すぐ家に連れて帰りましょう!」
私が自分を落ち着けさせている間、創也母大興奮だったようだ。
「落ち着いて、母さん。この後道奈と別の予定があるんだ。早く選ばないと間に合わなくなる」
「あら、夕飯は外食にするって言ってたけど、やっぱり道奈さんと食べる予定だったのね? 追加で1名連絡しておいてちょうだい」
今の創也の一言でそこまで分かるなんて、やっぱり子と母なんだな。
「はあ?! なんで来るんだよ! 家で父さんと食べればいいだろ!?」
「そうね、もう1名追加で。家族みんなで食べましょう」
「そこでなんで増やす! 父さんまで巻き込むな!」
「道奈さんは今日限定の娘よ? あなたはこれから学校で毎日会えるのだから、それくらいいいじゃない。せっかくだから、創次郎さんも呼んで娘を持った母親気分を味わいたいわぁ」
「……はああああ」
重い、重いため息を出した後、創也はポケットから携帯を出した。
「……もしもし。2名追加で」
創也敗北。母強しである。
それにしても、今日は素の創也をたくさん見れる日のようだ。家族が一緒にいるからかな。新鮮だ。素なんて隠さなくても私は友達でいるのに。次、ポロリと素が出た時は、そう伝えてみよう。
「創次郎さんにも電話よろしくね?」
パチリと創也にウィンクをする創也母は少し図々しいがお茶目だなと思った。
「さて、創也が電話している間に、私たちは服を決めるわよお!」
おおう。燃えてらっしゃる。
この後、2件3件と服屋を移動して、試着を何度も繰り返し、私は力尽きて撃沈する事になるのであった。
「……お腹すいた」
「お疲れ。母さん暴走したら父さんしか止められないんだ。付き合わせてごめんね」
私は店のソファ―に沈んでいた。
創也母はお会計中である。
値段が高くて気になる云々の前に後半から疲労でされるがままになっていた。
「その事は気にしてないよ。それより、夕食楽しみだなあ」
「ははっ、服よりも夕食なところが道奈らしいな」
「え? 創也は夕食より服が楽しみなの?」
「いや、俺も服より夕食派だ。……あ」
うっかり、といった風に創也が固まって私を見る。
「へへっ、私、そっちの創也も好きだよ」
「っ!?」
前から言おうと思っていたことを言ったら、目を大きく開けて本格的に固まってしまった創也。心なしか創也の目元がじわじわと赤くなってきた。
「だから、創也のお母さんに対してするように、私に素でいても大丈夫。私たち、友達でしょう?」
にっ、と歯を見せて笑う。これぞ友情だ。
「…」
なのに、創也の顔を伺うと、複雑な表情をしていた。いや、そこは、「あぁ、友達だぜ!」と熱く手を握りあうという流れのはずだぞ。私の中のこれじゃない感が募る。
「…俺は友達よりもっと別の関係がいい」
え? それはつまり―――
「道奈と家族になりたいの?」
創也も兄弟が欲しかったのかな?
創也母が母なら創也はやはりその息子というわけか。
はっはっはっは。道奈は、人気者だな。
「いやっ、まぁ……それもいいかもしれない、けどっ、それは早いっていうか、そうじゃなくて!」
真っ赤っかになって、照れおる。素直じゃないなあ。
「お・待・た・せ。そろそろ時間ね。行きましょうか」
「買っていただいてありがとうございます、お母さん」
ぺこりとお辞儀をする。
「礼儀正しい子は好きだけど、そんなにかしこまられたら他人行儀みたいで、お母さん寂しくなっちゃうわ。もっと楽に話して?」
確かに、それもそうか。
感謝を込めて、前の世界でお母さんにやっていたように、創也母にぎゅぅっと抱きついた。
「お母さん、買ってくれてありがとう!」
そしたら創也母から抱き返された。
ぎゅむむむっ
「どういたしまして、娘に洋服を買ってあげれて私も嬉しいわ」
優しい優しい母性を含む声。
慈愛溢れる声色とじっちゃんとは違った柔らかな温もりがミリエルの心をまたかき乱す。
この世界で頑張ると決めた時から、私は道奈。
この感情は、ミリエルのもの。別のもの。
呪文のようにそう繰り返しても、今度はなかなか落ち着かない。
こうなったら空を見よう。
「ちょっと用事ができました」と適当な言葉で創也母から少し力を入れて離れる。
向かった先は店の外。
店から出て、
上を見上げると、空は黒色に染まりつつあった。
今の心みたいだ。
空も私と一緒だ。
一人じゃない。空がいる。空が好き。それは間違いない。
――――よし。落ち着いた。
パッと戻ろうと店の方を振り返ると、創也がいた。案外近くにいたらしく、とても近い所に顔がある。
「…暗くなってきたね。レストランに行こっか!」
夕食の事を考えて、笑顔を作る。
「…用事は終わった?」
なんで心配そうな顔をするのだろう。私は空を眺めてただけだぞ。
「うん、終わったよ! 空の調子を確認してたとこなんだ」
「―――そっか。行こう。母さんは先に駐車場に向かってる」
創也が何か言いたそうな顔をして、出した言葉はなんでもないものだった。
「うん。楽しみだなあ」
こうして、創也と一緒に車に乗り込んで創也母と3人、レストランへと向かった。