先輩、時々、幼馴染
バレンタインデーに勝負を挑む乙女達に捧ぐ
「よう、紫織! 部活の帰りか?」
「辻山せ……恭ちゃん!?」
もう、すっかりと日が落ちた通学路。
太陽が沈んだ方角は、かすかにオレンジ色の光が残っていて、辺りは徐々に暗くなってきている。
私は幼馴染でサッカー部の先輩の恭ちゃん(辻山先輩)に後ろから声を掛けられた。
「どうだ? サッカー部は? 今年は全国大会に行けそうか?」
「う、うん。新しいキャプテンの清水くんを中心に、みんなまとまってるよ。今年こそ、全国に行けるかも」
「そうか、俺たちの分まで頑張ってくれよ」
「うん、恭ちゃんは、勉強の方はどう?」
「どうだろう……やるべきことはやった。あとは、試験本番で、緊張しないことが一番かな」
恭ちゃんはそう言って、私の大好きな、柔らかい笑顔を見せた。
「恭ちゃんなら絶対、K大学に合格するよ。私も応援してるからね」
本当は、センター試験が終わって追い込みのために学校で勉強している恭ちゃんと一緒に帰れるんじゃないかって、校門の周りをウロウロしていたんだ。
三日に一回くらいは、そんな嬉しい事があって、そんな日は、私は幸運を神様に感謝したくなる。
私と、恭ちゃんはいわゆる幼馴染。年は恭ちゃんの方が一個上。
物心ついた時から私は恭ちゃんのことが好きだった。
もちろん……異性として、だ。
恭ちゃんも、小さい頃は「将来紫織をお嫁さんにしてあげる」なんて言ってたのにな。
家が隣同士だから、もちろん、小学校も中学校も一緒で。
サッカー少年だった恭ちゃんの影響で、私もサッカーを始めた。
小学校は一緒のクラブチームで、中学校は女子サッカー部があった。
問題は、高校進学の時で……
勉強もよくできた恭ちゃんは、県下でも有数の進学校に合格した。
私は、恭ちゃんと同じ高校に通いたい一心で、苦手な勉強に、文字通り死ぬもの狂いで取り組んだ。恭ちゃんも私の苦手な数学を根気よく丁寧に教えてくれた。
恭ちゃんの教え方はとても上手で、わかりやすくて、私はこのまま永遠に二人の勉強の時間が続けばいいのに、なんて思っていた。
「紫織は、なんでオレと同じ高校に行きたいんだ?」
そんな質問をされたこともある。
「恭ちゃんと一緒の高校に行きたいから!」
なんて言えるはずもなく、
「大学の進学とか、就職するにしても、なにかと有利そうだから……」
などと、ありきたりな言葉を返してしまった。
たぶん、その時の私の顔は、真っ赤になっていたんだろう。
神様が、私に微笑んでくれたのだろうか?
奇跡的に、私は恭ちゃんと同じ高校に合格した。
中学の先生ですら「もう少し志望校のランクを落とした方が……」なんて言っていたのに。
高校には女子サッカー部が無かったので、私は迷わずサッカー部のマネージャーになった。憧れの恭ちゃんを支えて、そのプレーを間近で見る、そう心に決めた。
恭ちゃんは上級生が抜けた後の新チームのキャプテンに指名された。
ポジションは攻撃的ミッドフィルダー、いわゆるトップ下。
華麗なパスで味方の攻撃をアシストし、時には自らシュートも放つ。
日本中のサッカー少年が夢見る花形ポジション。
文武両道で知られる私達の高校は、サッカー部もそれなりの強豪校として知られていた。
最後の大会の準決勝。
あと二回勝てば、夢の全国大会。
相手は全国制覇の実績を持つ強豪校。
試合は、延長の末PK戦までもつれた。
PK戦のスコアは、2対3 相手のリードで迎えた最後の五人目。
蹴るのは、キャプテンの恭ちゃん。
絶対決めてくれる……
チームのみんなが肩を組んで、恭ちゃんを見つめていた。
でも、恭ちゃんの放ったシュートはゴールポストの上に当たった。
そして、夕日に染まったグラウンドにゆっくりとボールが落ちてきた……
がっくりと膝をつくチームメイト。
恭ちゃんはうずくまったまま、最後まで泣き続けていた。
世界で一番、美しい涙だった。
私は本当は、恭ちゃんの側に行って、抱きしめてあげたかった。
よく頑張ったね、カッコ良かったよって声を掛けてあげたかった。
でも、サッカー部では単なる先輩と後輩。
最後のシュート、私の心のゴールネットには、ちゃんと届いていたよ。
二月の上旬。部屋で勉強をしていると、私の携帯電話のバイブ音が鳴った。
メッセージを開いてみると、恭ちゃんから
「K大理工学部、合格した!」
いつも通りの短い文章。
でも、本人はきっと喜びを爆発させているに違いない。
私はすぐに、お祝いの文章と絵文字で一杯のメッセージを返した。
でも、ふと思う。
東京の私立の最難関大学、K大。
私は、下に弟が二人も控えているから、東京の大学を受験することはできない。
たぶん、地元の公立大を目指すと思う。
春になったら、恭ちゃんとは離れ離れになっていまう。
恭ちゃんも地元の公立を滑り止めに考えていたから、私は心のどこかで、K大に落ちてくれないかな、なんて思っていた。
私って……ほんとバカ。
恭ちゃんはロボット工学を勉強して、お年寄りや体の不自由な人が快適に過ごせるために、人の支えになるようなロボットを開発したいという夢があった。
最先端の学問を学ぶなら、K大の方がいいに決まっている。
K大はお坊ちゃんお嬢さんが多いから、きっと可愛らしい女の子が恭ちゃんとくっつくのかな……。恭ちゃんは高校でもモテモテだもんね。彼女がいるっていう話は聞いたことないけど。それも時間の問題かな。
考えただけで、涙が出そうになる。
告白……する?
まさか……。
今さら……?
もうすぐ、バレンタイン……だけど。
周りはメールで告白したり、ラインを通じて知り合った人と付き合っている子もいる。
今時、バレンタインに告白なんて、流行んないよね。
はあ……
落ち込んだ時は、大好きな歌手minaちゃんの曲を聴く。
印象的なエレキギターのイントロと、その後、リズムを一気に盛り上げるドラムとベースの音!
迷っている人の背中を押すような、元気の出る曲、『ノンフィクション』!
「人生の主役は、いつだって自分自身」
「だからあなたも、自分の可能性、全て信じて、トライしてみて」
minaちゃんの歌声に励まされたのか、ちょっとだけど、元気が出てきた。
ベッドの上に寝っ転がって、考えてみる。
私の……可能性……か。
髪型だって、ずっとショートカットで女の子らしくないし。
周りの子みたいに化粧だってしていない。
もう少し、女の子らしく、可愛らしい格好にしておけばよかった。
こんなんじゃ、とても……恭ちゃんには釣り合わないよね。
でも、minaちゃんが歌ってた。
「人生の主役は、いつだって自分自身」
私の人生の主役は、私自身。
一歩踏み出せば……何かが変わるのかな……?
恭ちゃんに可愛らしいお嬢様みたいな彼女が出来るよりは……砕け散ってもいいから、自分の可能性に賭けて……みる?
決めた! 私、バレンタインデーに、恭ちゃんに想いを伝える!
自室のベッドの上で、私はぎゅっと、自分の手を握りしめた。
生まれてこの方サッカーと恭ちゃん一筋で(しかも高校では勉強に付いていくのがやっと)、お菓子なんて作ったことのない私は、親友の葵ちゃんに泣きついた。
葵ちゃんは嫌な顔もせず、不器用な私のチョコ作りに付き合ってくれた。
やっぱり、渡すなら、手作りのチョコだよね。
恭ちゃんには毎年チョコを渡していたけど、いっつも買ってきたものだったし。
「紫織、辻山先輩に想いが届くといいね。頑張ってね」
「ありがとう。葵ちゃん!」
あれ……? 私、誰に告白するとか、言ったっけ?
そして、二月十四日。決戦当日。
私は、その日の夜に、恭ちゃんを、近くの公園に呼び出すことにした。
恭ちゃんの家は隣なんだけど、突撃したら絶対お父さんやお母さんがいて恥ずかしいし。
震える手で、スマホを触って、メールを打つ。
それだけで、緊張する。
恭ちゃんからは
「わかった。すぐ行く」
との短い返事。
途中で会ったら気まずいよね。
私は、もう一度身だしなみのチェックをした。
といっても、制服に、白いダッフルコートを羽織っただけ。
髪型が乱れていないか、鏡を見て念入りに確かめる。
お母さんのポーチからこっそり拝借した口紅を、薄く塗った。
よし! お願い、minaちゃん! 私に勇気をください!
近くの公園に着くと、すでに恭ちゃんは私のことを待っていてくれた。
すでに辺りは暗い。半月がくっきりと東の空に浮かんでいて、水銀灯と一緒に、夜の公園の遊具を照らしていた。
その中に、私の大好きな恭ちゃんの姿が浮かび上がる。
「紫織?」
私にそう呼びかけた恭ちゃんは、少し戸惑っているようだった。
当たり前だよね。お話したかったら、家に呼ぶか、携帯のメッセージでも送ればいいのに。こんな所に呼び出すなんて、ヘンだ。
「恭ちゃん……」
うう、足がすくむ……
出来れば、何もなかったことにして、帰りたい。
告白なんてしたら、今の関係が壊れてしまうかもしれない。
その時、頭の中で、もう一回minaちゃんの歌声がした。
そうだ!
私の物語は、私が作るんだ……
後悔だけは、したくない。
私は、無言で、後ろ手に持っていた、ピンクの包みを差し出した。
そして、こう、告げる。
「恭ちゃん……ずっと前から、好きでした。もう遅いかもしれないけど……私とお付き合いしてください!」
ゆっくり、十を数えるくらいの時間が過ぎただろうか?
私には永遠にも思える瞬間だった。
恭ちゃんの口びるが動き、言葉が発せられた。
「ごめんな……紫織……」
申し訳無さそうな、恭ちゃんの表情。
そうだよね。ただの幼馴染で後輩なだけ。
今さら、告白なんかされても迷惑だよね。
私の目には涙がいっぱいに溢れて、こぼれ落ちそうになった。
泣き顔を見られたくなくて、そのまま恭ちゃんに背を向けて、走り出そうとした。
その時……
私の背中に、温かい感触が伝わって……そして恭ちゃんの腕が、私を強く抱きしめた。
なんで?
変に優しくなんか……しないでよ。
私、そんなに弱い女の子に、見える?
平気だよ。すぐに、立ち直るから。
「紫織、ごめんな。お前から言わせて……」
「えっ?」
「本当は、ずっとずっと好きだった。もちろん、一人の女の子として」
「う、ウソでしょ? 恭ちゃんにはもっと可愛い子がお似合……」
「違う! 俺が好きなのはこの世でただ一人、紫織だけだ!」
恭ちゃんの力強い言葉にそう遮られた。
そして後ろから、さらに強く抱き締められた。
「言ったら、今の関係すら壊れてしまいそうで……だから、言えなかった」
恭ちゃん、私と、一緒だ……
「だから、俺の方からちゃんと言うよ。好きだ! 紫織! だから、俺と付き合ってくれ!」
嬉しい……好きな人から掛けられた、最高の言葉!
「うん、これからもよろしくね、恭ちゃん」
大好きな人の温もりを背中いっぱいに感じる。
私の涙はいつの間にか、嬉し泣きへと変わっていた。
そんな私を、最愛の人は、いつまでも、いつまでも、抱きしめてくれていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
男子目線は如月冬華様の所にあります。
作中の歌手minaちゃんが気になる方は、拙作『歌姫と銀行員』をお読みください(宣伝)
では、素敵なバレンタインデーを!
詩野紫苑