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8th album: Please call me / Quarter lady

「地震か?」

 2011年3月11日金曜日午後2時46分18秒。私たちはいつも通り2-Aスタジオで春の新曲『Please call me』を練習していた。1番と2番でメロディが全然違うから、少し難しい。

 最初に反応したのは彼だった。それからすぐ、大きな揺れが始まった。SCB周辺の震度は5強。


 幸い、moonと私、彼に怪我はなかった。SCBでは埼玉県内の死者や行方不明者の情報、被害の大きさを伝えるために2-Aスタジオを使用した。moonの練習場所がなくなったわけだが、そうじゃなくても練習する余裕はなかった。


「皆さんの中で北海道、青森、岩手、宮城、福島、茨城、千葉にご家族がいらっしゃる方は?」

 翌日、彼が資料を持ってオフィスに来た。2-Aスタジオでは依然として埼玉各地の情報をキャスターが読み上げている。

「私と葵は東京にしかいないよね?」

 私は葉月の問いかけに頷いた。

「私も東京です……」

「うちは大阪と和歌山」

「燈梨の家族はみんな群馬の山奥だよ!」

 燈梨はこんなときも努めて笑顔にしている。自粛というのを知らないのか、むしろこれでいいのか。


「私、陸前高田に両親がいます」

 海だけがその範囲に該当した。

「ご両親のお名前は?」

 彼がいつになく真剣な顔で聞く。海が言った名前を資料の山から探しているように見える。と言うか実際そうだった。


「この資料には名前がありません。避難していない可能性があります」

 彼の資料は各地の避難所から集められた名簿だった。

「そんな……」

 海もみんなも絶句した。

「いえ、まだ報告されていないだけかもしれません」

 追加の情報がないか調べます、と彼はパソコンを立ち上げた。


 オフィスではあっちこっちで声が飛び交っていた。

「千葉の液状化はどうなった?」

「紙が足りません!」

「JRが復旧するそうです!」

「どこまでだ?」

「死者1万人超えるんじゃないか?」

 普段笑ってばっかりの燈梨や基奈も怯えているように感じた。


『Please call me』のお蔵入りが決定した。練習場所がなく、この状況で劇場へ来るお客さんもいないだろうと判断された。さらに、春をイメージした爽やかなメロディや歌詞の歌を出すことに反対する声もあると彼は予想した。


 海の両親は3日経っても行方不明のままだった。彼の助言で、海はしばらく活動を休止することにした。

「暇やな」

 ふと、基奈が言った。

「こんなこと言うたらあかんのやろうけど、あがらって完璧になるんは無理なんやろな」

「今度のソロにもそんな歌詞あったよね」

 葉月が言った。

「せやな。あー、あの歌もお蔵入りなんやろか。なんてよー。なんでやねーん」

 基奈は私の方に伏せた。まあ、こんな状況だから歌えないのは仕方ないと思うけど。もう和歌山弁とか大阪弁とか以前にテンションおかしくなってるし。


「良かったら、歌いますか?」

 向かいの机から彼が言った。その後ろには時計が掛けられている。もう昼か。

「ここで歌うだけだったら誰も文句言わないと思いますよ。むしろ空気が和らぎます」

「ええの? なんか恥ずかしいな」

 劇場とスタジオ以外で歌うことって、あまりないらしい。まあ、そりゃそうか。


 私は4分の1の女

 全部なんてできないよ

 完璧じゃなくってもいいよね

 だっておもしろくないんだもん


 基奈が歌ったのは『Quarter lady』。オフィス中から拍手が送られ、基奈は恥ずかしそうにしていた。

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