3rd album: End of sadness / First lie
「悲しみの終わり、ですか」
埼玉でのファーストライブが終わり、彼女たちはまた新曲作りに勤しんでいる。新曲作るペース早くない?
今はクリスマスの時期ということで、それ関連の曲らしい。タイトルは『End of sadness』。この曲にはトレモロという技法が使われてる。葉月によると同じ音を連続させることをトレモロって言うらしいけど、私はよく知らない。
「はい。いかがでしょう」
唐魏野さんが律儀にも歌詞の出来を見せてくれた。
「いいんじゃないですか」
私はそう言っといた。
「そうですね。大体、我々はただのディレクターなので文句を付ける筋合いはありません」
「いいえ、何かあれば遠慮なくおっしゃって下さい」
この2人、敬語使ってばっかりだとよそよそしく見えるけどなあ。私も葉月以外には敬語だけど。
さらに2-Aスタジオで振り付けの練習まで見せてもらった。そこでも彼と唐魏野さんが似たような問答を繰り返した。
「それではひとつだけ言わせていただきますが、唐魏野さんより本馬さんのほうが目立っていませんか?」
やっと敬語のキャッチボール ーーというか押し付け合いーー に終止符が打たれた。
「え、そう?」
本馬さんは向かって左の端のポジションにいる。
「ええ。そう感じました」
「基奈、声抑えてた?」
右端は葉月。葉月によると本馬さんが一番大きな声なので、全力より少し小さく歌っているという。
「抑えとったで」
「かがみんが薄いんじゃないかな!」
辻さんが言った。辻さんが葉月と唐魏野さんの間で、残りの向かって左、唐魏野さんと本馬さんの間にいるのが……誰だったっけ? 名前は忘れたけど、スタイルはいい。ペプシコーラのペットボトルみたいなくびれがある。
「確かにシムラさんは本馬さんや辻さんに比べて勢いがないというか。そうですね、少し薄い気もします」
精一杯言葉選んだみたいだけど、それでも充分失礼じゃないかな。
「ならキョウコ、燈梨と替わってみてください」
唐魏野さんが物は試しにメンバーのポジションを変えてみた。
そうそう。志村 鏡子さんだった。くそう、それにしてもスタイルがいい。
「今度は根本さんが目立っていますね」
やっぱり原因は志村さんだった。
「すみません……目立たなくて……」
今にも消え入りそうな声で言った。本当にアイドルなのかな?
「志村さん。歌っているときは割と声出てますよね」
「はい……でも人と話すのは……苦手で……」
「アイドルなら人と話してばっかりだと思いますが」
「わかってます……でもどうしても……」
「志村さん。あなたは歌はとても素晴らしいです。ですから、歌っていないときをどうにかしなければならないと思いますが」
そうは言ってもすぐには無理だよ。私が助け船を出す。
「志村さん。とりあえず、『でも』って言わなくしてみたらどうですか?」
「はい……がんばります……」
がんばれなさそうなのは私にもわかった。
その日の昼。moonは近くの小さな劇場で公演している。私と彼はいつものデスクワークに戻った。
「なあ」
彼が話しかけてきた。珍しい。
「志村さんのことだけど、どうすれば良いと思う?」
「何もしなくて良いんじゃないかな。だって、あれもひとつの性格だよ」
「性格か。性格なら仕方ないな」
「名前、ですか」
翌日。本馬さんから呼ばれた私と彼は劇場の控え室に来た。まだ本馬さんしかいなかった。
「昨日、鏡子のこと言っとったやん。もっとフレンドリーにしたほうがええんと違う? 2人とも他人行儀やで」
「しかし、我々はディレクターですから……」
彼は否定しようとした。
「『でも』は使っちゃあかんのやろ?」
本馬さんは意地悪そうな笑みを浮かべた。はめられた。
「それに、葉月と葵はもう『さん』とか付けてへんし」
「あれ、さらっと呼び捨てにした? 基奈」
「そうそう。それがええわ。ほとんど歳変わらへんのやから」
いやいや、20歳の基奈と26歳の私はけっこう……いや、大差無いか。無いといいなあ。うん、無い。
「……ええ……」
彼はえらく狼狽している。まあ、女の子に耐性ないからね。
「……こんにちは……」
「こんにちは、鏡子」
鏡子が楽屋に来たと同時に呼んでみた。
「え……」
困惑してる。まあ、そうだろう。
「友達みたいな話し方が良いかと思ったんだけど、どう?」
「……嬉しい、です……ありがとう……」
「良かった。じゃあこれからそう呼ぶね」
「鏡子、これ燈梨から。あんたのソロやって」
「ソロ……何で私が……ソロ……」
『First lie』というタイトルが見えた。
嘘でもいいからやってみよう
嘘でもいい がんばって
ねえ 嘘でもいいからやってみよう
見破らないで 私のFirst lie
メロディに川のせせらぎとかの自然の音が組み込まれてる。燈梨が書いた曲には珍しくゆっくりしたテンポだった。それは鏡子自身の鏡子への応援歌に聞こえた。