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moon、知ってる?  作者: 川里隼生


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11/13

11th album: Very easy story / Winner's smile

「どうしてそういきなりなんですか!」

 局長室から彼の怒鳴り声が聞こえ、外の廊下で待機していた私たちは肩をすくめた。彼が怒るなんて珍しい。


 それから5分も経たずに彼は局長室から出てきた。いつもは必ず「失礼しました」と言って出てくるのに、今日は無言でドアを閉めた。


「……どうでした……?」

 ドアに近かった鏡子が尋ねた。

「意味がわかりません」

 彼はかなりご立腹らしい。


 その連絡は今日いきなり届いた。moonの活動拠点を神奈川県に移そうとしてるそうだ。SCBとYIT(Yokohama International Television 横浜国際テレビ)で決めたという。


「我々を軽視しているといか思えません。抗議します」

「待ってシュガー、私たちにそんな力ある?」

 とりあえず彼を落ち着かせる。

「俺は犬か」

 つっこんでくれた。落ち着かせる作戦は成功した。


「劇場はどうするの?」

 葉月が別の問題も見つけた。基奈が頷く。

「あがらの歌聞きに来てくれる人ぎょうさんおんのに」

「『VES』も歌えないよ!」

『VES』とは『Very easy story』という曲の略で、燈梨が勝手にそう呼んでいる。チャーチオルガンを使った荘厳な雰囲気の曲で、私は割と好きだ。ただ、前奏がないのが歌いにくそう。


 それにしても、今更なんで埼玉を出なきゃいけないんだろう。上の人が考えることはわからない。

「局長との話は俺たちでするので、皆さんは例の曲を仕上げてください」

 彼が言った。『俺たち』って、私も局長と話すの?


「moonは埼玉では充分仕事をしたから、今度は神奈川でがんばってもらおう、ということなんだ」

「つまり埼玉では儲けるだけ儲けたからもう出て行ってくれ、ということですか?」

 彼は局長の言葉を意地悪く解釈する。


 2時間くらい私抜きで議論してたみたいだが、どうやら決裂したらしい。私はmoonがどうしてるかばっかり考えてた。もし神奈川に行くとなると、離れ離れになっちゃうのか。

「では、どうしてもmoonを神奈川に出すということですね」

「それは言い方が悪い。私はただ」

「わかりました」

 彼が局長の言葉を遮った。


「なら私も神奈川に移ります」

 ええ⁉︎ 私も局長も驚いた。SCBに神奈川支社なんてあったっけ?

「確か横須賀にありますよね。そこに移らせてください。そうして頂ければもう文句はありません」

「そうか。……わかった。新田くんはどうする?」

 私にも聞かれた。ほとんど話聞いてなかった。


「私は佐藤さんについて行きます」

 何と言おうか考えてなかったから、誤解されそうな表現になった。


 私たちがいつものスタジオに戻ると、moonのメンバーは今年の埼玉県高校総体で使われる予定の歌を練習してた。タイトルは『Winner's smile』。ドイツ語やポルトガル語、世界中の言語で歌われ、サビの最後が日本語の番。


 ゴールはいつでもそばにある

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