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不確定世界を包むフェルメール・ブルーの風  作者: トモウキ&トモアキ
第一章 異世界の歩き方『マイ・スキル把握編』
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001 いきなり使い魔ができました。黒猫のマーロウです。

 芸術家の感性は、普通の人とは少しズレているというお話です。あと、ネタをけっこう挟みましたので、どれがどれか、もしよろしければ探してやってください。

 馬鹿みたいだった。

 馬鹿みたいに広々とした空間だった。


 上にも、下にも、左にも右にも、前にも後ろにも、どの方向にも果てらしきものは欠片(かけら)も見えない。遥か彼方まで続く虚空だけが、釈迦の指を越えて、どこまでも、どこまでも延びている。

 全体的に薄青色がかっていて、ほんのりと明るいが、光源がどこなのかは皆目(かいもく)わからない。空間そのものが光を発しているようにも感じられる。


 周りには何もなかった。

 木や大地や建物といった物質的なものだけでなく、なんの匂いもしなければ、少しの音もなく、驚くべきことに、重力すらない。暑くもなく、寒くもなく、ただ暖かな風だけがそよそよと吹いている。

 ただその風も、ボクが風のように感じているだけで、実際は違うのかも知れない。ひょっとしたら空気すらないのかも。


 光る宇宙(そら)――。そう表現したくもなってくる。


 そんな当空間の環境は『(うら)らかな春の日の昼下がり』で、ボク自身は『風の穏やかな日の雲』だった。

 ひたすら広くて静かで暖かな空間の中を、未だに肉体を持たないボクは、なんの不安も感じずに、半分、微睡(まどろ)みながらフヨフヨとたゆたっている。

 寝ては覚め、覚めてはまたすぐに眠り、眠っては、またまた同じ夢を見る。

 繰り返し。

 繰り返し。

 寄せては返す波のように、同じサイクルを飽きることなく続けている。

 昼もなく、夜もなく、もちろん時計などありはしないので、当空間に来てから、どれくらいの時間が経ったのかは、正確には語れない。

 体感的には、少なくとも三カ月は過ぎている。


 昔に観た大昔の映画の中で、


「ずっと同じ軌跡を描き続けているように見える月でさえ、実際には年に三・八センチずつ地球から遠ざかっている。ようするに、人の世には永遠に変わらないものなんか何もないって話さ」


という台詞があったが、今の状況も、いずれは変化し,終わりを迎えるのだろうか。


 わからない。


 死んだ直後に覚えた圧倒的なまでの万能感はすでに、翌朝まで残った“なごり雪”並みの状態で、その大半が失われている。


 たとえば、シュレーディンガーさんの箱の中だ。

 中にいる猫の将来なんぞ、知りたくても、もはや知りようがない。

 つまりは、予知能力じみた未来予測はもう、したくてもできない。


 それでも『万能感』という文字の中の『ば』の字くらいはまだ残っていて、


《今いる場所がどこなのか。どうして幾つかの特定の夢ばかりを何度も何度も見ているのか》――。


 それらの謎に対して、意識の一部が勝手にいくつもの仮説を立てて、今の今も冷静に分析を続けている。

 そのうえ、その試みは、ある程度は成功しているようであった――残念ながら、あくまでも無意識の領域が行っている作業であるため、自分の心身の事情でありながら、『ようであった』といった推測的な話し方しかできない。


 実に困ったものだ。


 それはともあれ、どうやら『無意識』が、いちおうの演算を終えたようだ。




○仮説その1・今いる場所について


 結   論:ここは新しく母となる者の胎内である。


 前世の常識からすると有り得ない話だが、転生先の世界では、女性は妊娠すると体内に異空間を形成するのではないだろうか。

 羊水の中で胎児を育むのではなく、異空間、つまりはこのような空間で成長させる。

 糧は微風(そよかぜ)に込められている『未知の力』――異世界転生ものなどでよく出てくる『魔素』、もしくはそれに類する『謎エナジー』であると推測する。

 やはり、ずっと吹いている微風(そよかぜ)は、大気の流動に()って起こる一般的なそれではなく、『謎エナジー』とやらの奔流なのだろう。

 根拠は三つ。

 もはや欠片くらいしか残っていないとはいえ、未来予測すら行った、あの『圧倒的だった万能感』が出した推論であるという事実と、自分のカンと、無償の愛情を微風(そよかぜ)からビシバシ感じる点だ。

 何より、この空間の至るところから、中にいる者を守ろうとする意思が伝わってくる。おそらくは、慈愛、友愛、敬愛、自愛……と、様々な形の愛が、そこら中にちりばめられているのだろう。




○仮説その2・いくつかの夢を繰り返し見ている原因について


 結   論:無意識がボクに、つまりは表層意識に、自分の固有能力スキルを認識させようとしている。


 ツァラトゥストラでもニーチェでもないけれど、『圧倒的だった万能感』の欠片さんはかく語りき。

「才能は天から与えられたギフトだ」などとよく言われるが、永遠の魂の観点から見れば、話はまるで違ってくる。

 才能とは、輪廻を続ける魂が様々な過去世において積み重ねてきた努力の現れであり、スキルはその才能の延長線上にある、より高次な技能である――まあ、あくまでも仮説のひとつにしか過ぎず、真実かどうかはまた別の話だが、ここでは当仮説が正しいものと仮定して話を進める。

 例を挙げると、前世で大音楽家だった者の今生だ。

 たとえ前世の記憶が全く残っていなくても、魂はしっかりと前世での経験を覚えていて、音楽に触れると前世の技能が無意識下に蘇り、結果、音楽の上達が普通の人よりも異常に速くなる。

 当然、周りの人達からは「才能がある」と言われるようになる。

 すなわち才能やスキルは、いくら異世界に転生したからといっても、本来なら棚ぼた的に手に入る類いのものでは決してない。もしも手に入ったとしても、後で必ず精算しなくてはならないときがやって来る。

 世界の法則が収支を合わせようと働くからだ。

 与えられた『仮初(かりそ)めの力』が大きければ大きいほど、その際の取り立ては過酷なものとなるだろう。



 と、そこまで話が進んだときだった。


《これから君が行く世界は、前世の世界よりも遥かに生存競争が烈しい場所になるだろう。だからこそ君は、生まれる前に自分のスキルをしっかりと認識しておく必要がある。杞憂に終わるかも知れないが、準備しておくに越したことはない》

 

『仮説その2』が語られている途中で、何者かが喋り掛けてきた。


 渋さを感じさせる男性の声だった。


 声の発生源は、すぐ目の前の何もない空間だ。耳を通して伝わったというよりも、頭の中に直接響いてきた感じがしたが、ひょっとすると、音声ではなくて、思念の類いだったのだろうか。


「えっ?」


 意識体しかないボクの、無いはずの口からも、ぽろっと思念らしきものが漏れた。


 驚いた。


 考えただけで言葉になった。やはり音声ではなく、思念だ。間違いない……ないと思う……たぶん。


《俺は、君の無意識が作り出した仮想人格だ。君自身だと言ってもいい》

「はっ、はぁ」


 ボクはどう応えたらいいのか全然わからず、無いはずの頭を、無いはずの手でボリボリ()いた。全くワケがわからない。

 何より唐突過ぎる。


《地球世界の輪廻の輪から卒業できたとはいえ、君はまだまだ未熟で、スキルを初めとする能力を有益には使いこなせない。そのため、一計(いっけい)を案じた無意識が、君を助けるべく俺を生み出した。君の使い魔だとでも思ってくれればいい。とはいえ、能力的には君の上位互換バージョンだ。プレイウォッチとゲームステーション4くらいの差はある》


 昔にブック市場の『懐かしのゲームコーナー』で買った、『ボール』や『ファイア』のシンプルな液晶画面が脳裏を過る。


 どうやらボクのCPUは、二十年以上前のスペックらしい。少なくともイ○テルは入ってなさそうだ。


《取り敢えず、姿と名前を与えてはくれないかね。姿も見えず、名前もないでは、コミュニケーションも満足に取れやしない》

「姿と名前……ですか」

《そうだ。どんな姿でもいいから決めてくれ。どうせ他者に俺の姿は見えない。ついでに言っておくと、声も聴こえない。君の目の前に『()る』ように見えているだけで、実際は君の中にいるからだ。ただ、できれば格好の良いものにして貰えると有り難いがな》

「わかりました。が、どうやればいいんですか」

《イメージだ。目の前の空間に、与えたい姿が存るように想像すればいい。絵画だけでなく、彫塑(ちょうそ)も得意な君なら、容易(たやす)く出来るはずだ》


 自分でも不思議だったが、与えたい姿はすぐに決まった。


 猫だ。


 胸元に緋褪(ひさめ)色をした蝶ネクタイの模様がある黒い猫を、目の前の空間をキャンバスに見立てて描いていく。

 体感時間で、五秒、十秒、二十秒……一分と時間が経っていき、標準的なカップ麺が出来上がる時間に『使い魔』の絵を完成させた。


 完璧だった。

 少なくとも自分の中では。


 イメージ通りの仕上がりに、ボクは無いはずの頬を、ほわっと弛めた。

 シュレーディンガーさんとはなんの関係もない猫なので、たぶん、箱を被せても平行世界が増えるような事態には発展しないだろう。


《名前はマーロウにするね。黒猫のマーロウだ。気に入ってくれると嬉しいけど》


 できたてホヤホヤの黒猫は自分の身体をざっと見回したのち、《ふむぅ》と、猫らしくない鳴き声を上げ、


《フィリップ・マーロウと、黒猫ホームズと、キャッツ・バイと、ブ○ック・キャッツ。比較的メジャーなものを三つと、もとこっている(・・・・・・・)ドマイナーな作品ひとつを足して四で割った、といったところか。なかなかに良い仕事だ。気に入ったよ。芸術家の次になりたかった職業と、三番目になりたかった職業を詰め込んで具現化させたようだが、なんなら、じっちゃんの名にでもかけて、礼を言ったほうがいいかね》


 黒猫のマーロウは器用に、にやりと(わら)った。

 異様に似合ってはいたが、仕草自体は、どこからどう見ても猫らしくない。

 猫なのに、ハードボイルド的な渋さが全身から滲み出ている。大昔の映画で見たかつての銀幕のスター、西海岸のハンフリー・ボガードと雰囲気が被る。

 古き良き時代のサンフランシスコの街景と、夕映えが差し込むバーで、一日の仕事を終えた男達が酒を酌み交わしている情景――。

 そのふたつの映像が、自然と脳裏に浮んだ。

「男はタフでなければ生きていけない」とか「優しくなければ男じゃない」とか「ギムレットには早過ぎる」とかいった台詞まで、どこからか聴こえてきそうだった。


「もしも『意義あり!』とか、弾丸的に『それは違うぞ!』とか叫ばれたら、スケキヨにしようと思っていたんだけど、一発で気に入ってくれてよかったよ」


 ついでに言っておくと、『とんちんかん』という名も考えたのだが、いきなり何かを見せられても困るし、黒猫の外観とも今ひとつ合ってない気がして、泣くなく候補から外した。


《スケキヨ……とは、もしかして、池でシンクロをやってるシーンのある映画の、あの登場人物か。マーロウ、良い名だ。それでいいぞ。うん。気に入ったよ》


 なぜか力強く頷かれた。


 マスクの額に『肉』と書けば超人にもなるし、ボクの中ではスケキヨも捨て難いものがあったのだけれど。ああっ、『ニ』と書いて、ニート君っていう手もあったかも。


 思い起こせば、ゲリーマンに、シビンマスクに、ハメハメ大王……と、あの漫画の登場人物は、どの人もこの人も個性があったよなぁ。

 散髪屋さんで読んだ古い漫画だったけど、漫画自体も、かなり面白かった記憶がある。

 もう二度と読めないとは思うけれど。


 おおっ、異世界で連載するって手もアリかな。ジャス○ックみたいな著作権団体とかもないだろうし、あったとしても、パクリだとは証明できないだろうし。

 

 悪い(たくら)みをグルグル巡らせていると、マーロウが梅干しを食べた顔をした。もしかして、心を読まれたのだろうか。


「しない。しない。やったら面白いかもって、ちょっと考えただけだよ」

《何を思おうとも君の自由だ。今生では、君のしたいようにすればいい。しかし、昔から思っていたけど、君は耽美(たんび)な見掛けと違って、けっこうなお馬鹿さんだよな。そのうえ、かなりニブいし。生前は、自分の能力をまるで理解できてないようだったし》

「うっ! いきなり生まれた使い魔から、いきなり馬鹿にされた」


 いろんな意味でショックだった。


 まさか、できたばかりの使い魔に、淡々とした口調で(けな)されるとは思ってもいなかった。

 しかも、マーロウの指摘の剣は、ボクの気にしている点を的確に突き刺している。


「でも、君の話からすると、君もボクの一部なんだよね。なら、ボクを貶す言葉は、そのまま君自身にも降り掛かるんじゃないのかな」


《ふっ》と、マーロウは顔に軽蔑の色を浮かべ、いかにも「あんた、背中が煤けてるぜ」と言いたげな口調で、


《君の指摘の二割くらいは正解だが、八割は間違っている。俺は君の中のもっとも理性的な部分の一部と、今生では不要になるであろう男らしさで構成されている。つまりだな、君とは違うのだよ、君とは》

「ボクって、もしかしてザクなんですか。いやいや、そんなことより、今生では不要な男らしさって、どういう意味なんですか」

《君はたぶん、今生では女性になる》


 不意に、この場に沈黙が落ちた。静かな時間が、一秒、二秒、三秒……十秒と流れていき、無いはずの背中がいっそう煤けていく。

「そいつは通さねえぜ」という謎の言葉と、バンっと、勢いよく牌が倒される音がどこからか聴こえてきた。

 何年か前に有料チャンネルで観た、リボ○の騎士の最終回が思い浮かんでならない。

 男の子の心を天使に返したサファ○アは、実に女性らしい妃となった。


《何をそんなにショックを受けているのかね。魂に男女の別はないし、第一君は、元から男らしさとは無縁だったじゃないか。朝日や結城君がそのまま女の子になるようなものだよ》

「そ、そ、そんなことはありませんよ。そ、それなりに男らしかったですよ」


 図星を突かれ、無いはずの鼓動が急激に増す。流れるはずのない冷や汗まで、どわっと垂れてきた。


《では尋ねるが、小学校の頃に、君に告白してきた相手は誰だった?》

「近所に住む(つよし)君。いがぐり頭の太った男の子だった」

《初めてのキスは?》

「中学三年生のとき、柔道部に入っている、ごつい男の先輩から無理矢理に……」

《高校二年生のとき、君をフッた女の子の台詞は?》

「わたしよりも奇麗で可愛い子が彼氏なんて,絶対に無理!」

《わかっただろう。何も問題はない》

「あの……」

《なんだい》

「なんでか話していて悲しくなってきたんですけど。泣いてもいいですか。いいですよね」

《君は感情が豊かでいいね。我がことながら、好感が持てるよ》


 マーロウは優しげな笑みを浮かべ、


《そんな、ヒッチコックのマクガフィン的な事柄は横に置いておいて、話を先に進めようじゃないか》

「些細な事柄って……。ボクにとっては全然、些細じゃないですよ」


 ボクの抗議は甘党にケーキだった。

 マーロウはニヤリとした笑みをまた浮かべ、抗議など微塵もなかったかのように、話の続きを平然と再開させた。


《君は今世を生き抜くために、自分の持つスキルを自覚する必要がある。俺が教えてやってもいいんだが、できれば自分で気付いて欲しい。じゃあ、今から、これまでに何度も見てきたふたつの夢を改めて流すから、よく観察して、自分のスキルが何なのかをしっかり理解するように。君は気付いてなかっただけで、生前から才能という名のスキルを使っていたし、そのスキルを知らずしらずのうちに磨き続けてきたんだよ》


 直後、急激な眠気に襲われた。

 薄れいく意思の中で、ボクは気力を振り絞って叫んだ。


「いくら流行(はやり)だからといっても、今生でも男の娘的な立ち位置になるのは嫌だ!」――と。

 

 そうしてまず初めに流れてきた夢は、巨匠の作品展を見にいった、三年前の良く晴れた日の出来事に関するものだった。

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