第3話
人生とはなにが起こるかわからないものだ。
九歳ですでにそれを実感した私は、もう少々のことでは驚かない。
元から感情の出にくいほうではあるけれど、十一歳になったいま、その傾向はより顕著になっていると思う。
私は驚かない。
――そう、たとえ朝目覚めたら主君たるお嬢さまが隣で爆睡していたとしても、私は声ひとつあげることはない。
ほんの少し呼吸が不自由になるくらいの話で。
日本有数の大財閥、九条宮家の子女であらせられる凛子さまは、当然だが広い個室をお持ちである。
ベッドも大人が五人は横になれるくらい大きなものだ。
なのに、なぜ凛子さまは私のベッドでお休みになっておられるのか。
昨日は雷も鳴らなかったし、怖い話の特集もしていなかったはず。
ならいつもの気まぐれか。理由はわからないけれど、凛子さまはたまに私のベッドに侵入しにいらっしゃるから。
まあそれは問題ない。
主が側近と同じベッドで眠るのはいかがなものかとか、毎回毎回いつの間に部屋に侵入しているのかとか、考えるべきことは多少あるけれど、それは別にかまわない。
一番の問題は、枕に顔をうずめた奇妙な体勢で熟睡しておられるお嬢さまの右腕の位置。
――凛子さまが、目覚まし時計を止めていらっしゃる。
私の寝起きはいいほうだ。目覚ましが一度鳴ればすぐ起きられる。
なら、凛子さまはそれまでに止めたというのか。
眠ったままで。
私の目覚ましを。
「……凛子さま、お目覚めください。今日は急がないと本格的にマズいです」
「う……ん。あと、ごふん……」
「そのセリフを純粋に可愛いと思える時間は二十五分前に過ぎております。さあ凛子さま、お早く」
無礼と知りながらも少々強めに華奢な肩を揺すりつつ、冷静に今後のプランを考える。
完全実力主義の九条宮家に養子として迎えていただくにあたり、凛子さまのお世話を申し出たのはこの私だ。自ら希望しておきながらなんたる不覚。このまま遅刻など許せるはずもない。
とりあえず私のいつもの仕事である朝食と洗面用のお湯の準備を執事長さんにお願いして……。
「んにゅ……ちとせ……ちとせもいっしょ……あと、ごふんだけ……」
「お嬢さま、それはなりません。凛子さまの『あと五分』は実質三十分です。いまそれを許すと完全に遅刻してしまいます。さあ、お早く――」
むにゃむにゃと口を動かす凛子さまの寝顔はいっそ神がかって愛らしいものだけれど、ほだされてはいけない。
私は心を鬼にしてお嬢さまを揺さぶり続けた。
こうして私、小山千歳改め、九条宮千歳の朝がはじまる。
少々の問題はあれど、おおむね平常通り。
敬愛するお嬢さまの側近として、今日も立派におつとめを果たそうと思う。……あ、凛子さま二度寝してはなりません。
本当にマズいんですってば。