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第14話


 一時騒然とした会場を離れ、私たちは同じフロアの客室にいた。

 赤くなった腕に芦葉さんが氷を包んだタオルを添えてくれている。もう特に痛みがあるわけでもないので、そんなに心配されるとなんだか申し訳ない。そういって手当てを辞退すると、「絶対だめ!」と芦葉さんに怒られたあげく、「じっとしてなさい」と凛子さまからは呆れたような視線をいただいてしまったのだけれど。

 強くて格好いい側近への道は遠い。


 すっかりおとなしくなったチャラ男は、苑柳寺家の関係者らしき人たちの手でどこかへと連れ去られている。

 ゴツいおじさん二人に両脇を固められて歩くその姿は、なぜだろうか、凛子さまとテレビで一緒に観た宇宙人の捕獲写真を思い出させた。

 ……ちなみに、ここに至るまでにチャラ男が実は社長ではなかったことが判明した。

 代表取締役という肩書は彼の父親のもので、あの名刺は見栄を張るために偽造されたものなのだそうだ。今日のパーティーに招待されたのは本当の社長さんの方だったのだけれど、予定が合わず息子が代理で来ていたのだとか。

 騒ぎを起こしたチャラ男の家に、苑柳寺家がどういう対応をするのかはわからない。ただ、笑って許される結末にはならないだろうと苑柳寺の付き人さんに説明された。

 私はあの男がどうなろうとあまり興味がない。

 凛子さまや芦葉さんに危害さえ及ばなければ他のことはどうでもいい。

 せめて彼の周りにいる人たちが迷惑を被らなければいいと思う。

 ……それより。


「あー、その……なんだ、悪かったな。無理いって呼んだのに、嫌な気分にさせちまってよ」

「あ、いえ…………あの」

「なんだ?」


 まさか苑柳寺から謝られるとは思わなかった。

 今日何度目かの意外な一面に驚きながらも――それより、私は彼にいうべきことがあった。


「……ごめんなさい。私のせいで、せっかくのお誕生日に水を差してしまって……」


 謝罪を口にして、できるだけ深く頭をさげた。

 座らされている状態なので限度があるけど、それでも心が伝わるように態度で示す。

 誕生日とは特別なものだ。

 生まれてすぐ捨てられた私には、ちゃんとした誕生日がない。

 だから、毎年決められたその日が巡ってきても、それが自分のものだという実感がない。

 これは想像でしかないけれど……きっと、みんなに祝福されながら生まれてきた日は、誰にとっても特別な一日なのだと思う。

 親しい人たちに祝われる苑柳寺はとても自然に笑っていた。

 私がもう少し上手に立ち回れば、彼は誕生日を幸せに終えられたはずだ。

 そのことが、なにより申しわけなく思う。


「おま……ちょ、ホントやめろ。わけがわからん。そういうのいいから頭上げろ」

「ですが……」

「いいっつってんだろ!? 義理でやらされてるパーティーがちょっと上手くいかなかったくらいで謝られる男とかどんな羞恥プレイだ! オラさっさと起きろ!」


 がーっと叫ばれて、おそるおそる頭をあげる。

 ちらっと見た苑柳寺の顔は真っ赤だった。

 そ、そんなに恥ずかしいのか……かえって申し訳ないことをした。


「……これ程の規模の集まりになれば問題の一つや二つ起きるのは当たり前だ。むしろ今回の騒動は招待客のチェックを怠った苑柳寺ホストの方に問題がある。お前が気に病む必要はない」

「そうですわ。悪いのは全部この男なんだから、ちとせはなにも気にしなくていいの」

「ぐ……その通りだけど、お前らにいわれると異常に腹立つな……っていうかオレが悪いのかよ!」

「あら、次期当主としての自覚が足りないんじゃなくて? 少なくともわたくしがホストを務めたパーティーで問題なんて起こさせたことないわよ?」

「俺もないな」

「うるせえ! お前らは規格外なんだよ!」

「あ、あの……ちとせちゃんの手当て中だから、もう少しお静かに……」


 なんだか部屋の中が急に賑やかになった。

 それはそうと、まさかあの神楽崎に慰められるとは夢にも思わなかった。今年に入って一番の驚きだ。風が強い日の朝礼で教頭先生のカツラが空を舞ったときよりビックリした。

 ……あれか。風邪の休みあけに登校するとクラスメイトが少し優しくなっていたという、あの現象か。

 まさか自分が遭遇する日がこようとは。

 神楽崎にフォローされるとか、なにか反動がありそうでちょっと怖い。

 そして芦葉さんの優しさが身にしみる。

 できれば、みなさん、お話を聞いてあげていただきたい。


「それにしても……二人はお友達でしたのね」


 意外そうに凛子さまがいう。

 私もそれは気になっていた。

 まさか苑柳寺と神楽崎に接点があるとは思わなかった。

 こういってはなんだけれども、どちらも我が強すぎて、仲良くしているところがちょっと想像できない。


「別に友達ってほどじゃねえけど……まあ、パーティーで何回か顔合わせてるくらいだな」

「でも、お誕生日会に招待するくらい仲がよろしいのでしょう?」

「お前、家と仕事の交流用で開く集まりに友達呼ぶのか?」


 凛子さまがこちらを向いた。

 捨てられた仔犬のような眼をしておられた。

 おのれ苑柳寺。少しはこちらの事情も察しろ。


「そもそもこの歳で個人的な誕生日会なんざ開かねえよ。何が楽しいんだ、そんなもん」

「ひ、開きますわよ! うれしいですわよ! 何歳でお誕生日会したっていいじゃないっ!?」


 いい返すお声はほんのり震えていた。

 苑柳寺め人の傷口に岩塩をこすりつけるようなマネを……。

 ここ最近の凛子さまがどれほど来年を楽しみにしていたか、ヤツは知らない。

 二月にある芦葉さんのお誕生日に贈るプレゼントを、八月の現時点からすでにリストアップしておられるというのに。

 この流れだと『さりげなくアピールして誕生日パーティーに呼んでもらおう作戦』がパーになってしまう。許さん。あと神楽崎は呆れたように溜め息吐くのをやめろ。

 ここは主君に恥をかかせぬようこっそり苦言を呈してやらねば。

 そう思って立ちあがりかけたとき、広い部屋にノックの音が響いた。


 苑柳寺が許可を出して開かれた扉の向こうには、意外な人物の姿があった。


「あのー……社長から九条宮さまがここにいるって、聞いたんですけど……?」


 おずおずと呼びかける澄みきった声。

 ここにきて、私はようやくこの場にいて当然の人物をまったく見かけていないことに気づいた。

 中を覗きこんだ彼女は、私たちの姿を見つけると、まるで天使のような瞳をきらきらと輝かせる。


「よかったー。間違ってたらどうしようかと思っちゃった」



 そういって――紗倉恋星さまが、どこか安心しきったような、あどけない笑みを浮かべた。



     ☆彡



「なんだ紗倉か。どうした?」

「なんだ、はヒドくない? ずっと探してたのにー」


 苑柳寺の雑な物言いに、ぷっ、とふくれる紗倉さま。

 ……なるほど、これが人気アイドルの実力か。

 ああいった仕草を恥ずかしがることなく、かつ自然に繰り出すには途方もない訓練を必要とするはず。難易度は悪役令嬢の高笑いと同じくらいだろう。凛子さまはついにお風呂場で温かい蒸気の力を借りて成功させておられた。残る問題は、いかにお風呂で高笑いする状況にもっていくか、である。

 ――いずれにせよ、どちらも私には習得不可能な技術だ。


「はい、これ。氷の換えを持ってきたの」

「すみません。わざわざありがとうございます」

「ふふ、気にしないで。それより大変だったわね。ケガは大丈夫?」

「はい。大したことはありません」


 頷くと、紗倉さまは「よかった」と再び天使のような笑みを浮かべる。

 ……これファンの人なら失神するんじゃなかろうか?

 そんな破壊力を秘めた、極上の微笑であった。


「紗倉、会場はどんな感じだ?」

「うーん、アキ君はそろそろ戻った方がいいかも? 会長さんがもうすぐ到着するらしいよ」

「げっ」


 呻くような声と同時に苑柳寺の顔が強張る。

 なにか問題のある人物が来るのだろうか。


「悪ィ。オレは会場に行く」

「あの、私たちはどうすれば?」

「ん? まあ、ここに居てもいいぞ。オヤジとの顔合わせも済んだし、いまからパーティーに戻るのも気まずいだろ」


 ほんとうに今日の苑柳寺はどうしたのか。

 パーティーでこんな気遣いができるのなら、普段からその欠片だけでも発揮していただきたい。それで救われる人がきっといる。同じクラスの委員長さんとか。


 慌ただしく「あとで料理を届けさせる」といい残した苑柳寺は、そのまま紗倉さまと一緒に部屋を出る。紗倉さまは私のような者にも最後まで笑顔で手を振っておられた。実力派のアイドルに隙はない。

 ……私も完璧な側近となれるよう、普段から努力しなくては。


 そうして歩きだした苑柳寺にクレームブリュレを多めに注文される凛子さまのお姿は、初心を貫く信念の強固さを、私に見せつけてくれたのであった。






 大きなソファーに腰かけて料理を待っていると、ふいに神楽崎が備えつけの椅子から立ちあがった。


「あら、どうしましたの?」

「もう俺の用は済んだ。帰る」


 相変わらずの素っ気ない態度でさっさと歩きだす。

 苑柳寺といい神楽崎といい、御曹司はマイペースな人間ばかりか。

 このタイミングで帰って料理はどうするつもりなのか……。

 ……。


「……あの」


 咄嗟に呼び止めると、神楽崎の足が止まる。

 いつもと同じ感情を映さない視線が返ってくる。

 ……気まずいけれど、いわなくては。

 九条宮の人間として恥ずかしい行いはしたくない。

 覚悟を決めて、私は息を吸いこんだ。


「えっ、と……ありがとう、ございました。危ないところを助けてくれて……」


 身体が強張るのがわかる。

 もし思い違いだったらどうしよう。

 勘違いだと笑われたら、ちょっと恥ずかしい。

 でも、助けてもらったのは事実だし……。


「……お前は」


 神楽崎が絞り出すような溜め息を吐く。

 な、なぜそんな呆れたような反応を返されなければならないのか。

 意味がわからず固まる私に、神楽崎はつかつかと歩み寄って、その手を頭に乗せた。

 まさか、こいつまた人のことを子供扱い…………いや、違う。


 これは――――アイアンクローだ。


「いたーっ!?」

「もう何度目になるかわからんが、まだ理解できてないようだからいっておく。周りに注意をはらえ。考えなしに動くな。危険だと感じたら自分でなんとかしようとせずに助けを呼べ」

「ちょ、は、はなしなさい! いたいいたいっ!」

「今いったことを足りない脳みそに刻め。……いいか、忘れるな」

「わ、わかりましたから!? はなしてください!」


 必死で叫ぶと、ようやく指が外れる。

 な、なんというやつ。たいして力は入ってないのに、こめかみの地味に痛いところをピンポイントで押さえてくる。どんな技巧だ。

 あまりの急展開に、凛子さまも芦葉さんも硬直してしまっているらしい。

 いまだに痛むこめかみを押さえていると、ふいに、頭の上になにかが乗っかった。


「……じゃあな」


 ぽんぽん、と軽い感触のあと、それはゆっくりと頭から離れた。

 神楽崎の足音が遠ざかっていく。

 けれど、私はいまだに残る鈍い痛みで苦情すら返すことができなかった。


「り、凛子ちゃん、いまのって……?」

「うーん……あの人の考えてること、本当によくわからないのよねぇ……」


 あ、あのお二人とも? これはあのチャラ男にされたのと大差ない暴挙だと思うのですが、いかがでしょう……?



 うんうん唸る凛子さまと芦葉さんにほったらかされた私は、一人むなしく痛むこめかみを押さえ続けた。





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