『ぱらどっくす』
会話文とツッコみが多めです。
くどいやり取りが嫌いな人は見ない方がいいかもしれません。
「ハロウィンとエイプリルフールって、何が違うんだ?」
11月始めの放課後。
僕はふと部室の窓から、下校中の生徒を見ながら呟いた。
この呟きの受信先はいつも、活字で埋まる手のひらサイズの本に、目を伏せる彼女。
その本のパッケージと作者名は、よく目にするものだ。
「何を言うかと思えば、あなたは季節の違いも分からない、おバカさんだったの? いえ、おバカはちょっと言い過ぎたわ。……大バカさんだったかしら?」
本を閉じた彼女は悪戯な笑みを浮かべて言った。
「……君はあれだよね。思っていることとは、反対の言葉を言ってしまう『天邪鬼使い』という特殊なジョブを持ってるんだよね? そうじゃなかったら、言い過ぎたの意味をこれほどまでに、勘違いするわけないもんね」
「そうね、私ほどの『天邪鬼使い』にもなれば、幻聴を聞かせるのはお手の物よ。ね、『ピーターパン使い』さん?」
「あ、あれ? これも幻聴か? 今、僕にないはずのジョブが聞こえたような気がするんだけど?」
「ええ、それも私の聞かせた幻聴よ、中二病重症患者さん?」
「うぉいっ! 今はっきり言っちゃったよねっ! さらに酷くなってるよねっ!」
「あら、そう? じゃあ『エターナルチルドレン』さんかしら?」
「より分かりやすくなってるんだけど……」
僕は諦めて、視線をまた窓の外に向けた。
聞いての通り、彼女は毒舌である。
一つのことを尋ねると、二つ三つの毒が跳ね返ってくるのだ。
「それで、ハロウィンとエイプリルフールの違いだったかしら?」
「……そうだよ」
「あら、あなたは季節の違いも分からない、おバ―――」
「その下り今やったよねっ!」
「二度あることは三度あるのよ、おバカさん」
「じゃあ、もう一回今の下りが来るってこと? ていうか、なにどさくさに紛れて悪口ってんの?」
「そういうことになるわね。で、ハロウィンとエイプリルフールの違いだったかしら? 大バカさん?」
「え? 本気でやる気なの? 正気の沙汰とは思えないんだけど。どんだけ不屈な神経してんの? ていうか、悪口酷くなってね?」
「あら、あなたは季節の違いも分から———」
「ガン無視かっ! まだ返事もなにもしてなくねっ! 不撓不屈の君に、僕は猛烈に感動してるよっ!」
彼女はくすくすと笑いだす。
この時の彼女は、本当に面白おかしそうに笑う。
僕は彼女の笑ってるときの顔が結構好きだったりするから、これ以上は何も言えなくなる。
「……そもそもなぜ、その二つの違いが知りたいのかしら?」
「いや、なんかさ、どっちも似てるなと思って」
「似ている? どこがかしら?」
「だってどっちも人を騙しているわけじゃん?」
「……」
彼女は閉じていた本を机に置き、瞼を伏せ、顎に手を当てたまま黙り込んだ。
これはある種の彼女の癖のようなもので、何かを考え込むときにこのような仕草をする。
そして、決まってこう言うのだ。
「……興味深いわ」
そう言って彼女は、伏せた瞼を開き、僕の目を凝視する。
オレンジの光が、僕と彼女の目に反射した。
「あなたはきっと大きな勘違いをしているわよ」
「勘違い?」
「そうよ」
と言い彼女は、繊細な長く黒い後ろ髪を手で大きく払った。
光の乱反射に、僕は少し目を細める。
「あなたのその使いどころのないお粗末な脳にも分かるよう、簡単にハロウィンとエイプリルフールについて、説明してあげるわ」
「君、結構エグイこと言ってるの、分かってる?」
「初めにエイプリルフールだけど……」
何事もなかったかのように、話を進められる君はすごいよ。
「毎年4月1日に『嘘』をついて良いと言われている習慣のことを言うの。例えば……」
彼女は一度間を置き、急に体をモジモジさせながら、僕に熱い視線を向け始めた。
彼女のほんのりと紅潮していく頬が、何やら妙なムードを誘惑していく。
「実は私、あなたのことが……初めて見た時から好きだったのっ。付き合ってください……っ」
「……へ? えぇぇぇっ! あわわ、痛っ!」
僕は椅子ごと背中から転げ落ちた。
鈍い痛みが背中とお尻に残る。
「いたた……」
って、そんなことより今すごいこと言われなかった?
間違いなく、僕の人生初の告白を受けたはずだ。
どうしよう、耳が熱い。
とりあえず、深呼吸だ。深呼吸してもう一度確認してみよう。
僕は大きく深呼吸したあとに、意を決して彼女を見た。
「……あれ?」
先ほどまでの、頬を紅潮させてモジモジさせていた、初々しい彼女の姿はなく、お腹を抱えて面白おかしそうに、笑いを耐えている彼女の姿しかなかった。
ここで辿り着いた、僕の答え。
頭の中を漂う「fool」という横文字。
「……君はあれか、思春期の大事な時期にある、僕のナイーブでピュアな心を踏みにじったわけかな?」
そこまで言うと、とうとう彼女は声を挙げて笑い出した。
それはもう本当に面白そうに笑っておられる。
枯れ葉のようにズタズタにされた、僕のハート。
「あら……ごめんなさいね……あなたの反応があまりにも良すぎたから……ふふっ」
彼女は荒くなった息を整えながら、笑いの余韻に浸っていた。
反応が良すぎたって……。
そりゃあ、告白の免疫のない現役男子高校生に対して、その攻撃は効果抜群に決まっているじゃないか。
そして、息を整えた彼女は大きく息を吸った。
「まあ、今実験して見ての通り、どんなに安い嘘でも大それた嘘でも、この日だけは嘘をついて良いとされている日のこと。これを、エイプリルフールっていうのよ。そう、どんなに安い嘘でもよ。分かったかしら?」
「……うん」
なんで安いって、2回言った?
「それに対して、ハロウィンというのは毎年10月31日に行われる子供が魔女やオバケに仮装して、近くの家々を訪れて、お菓子をもらったりする風習のことを指すの。別に私が魔女にコスプレして、家々を訪れてもお菓子はもらえないの。お分かりかしら?」
魔女のコスプレか……これはこれでなかなか……。
「はい、そこのチェリー君? 勝手に妄想しないように」
な、なんでばれたんだ?
「鼻の下伸びてるもの」
「え、ホント?」
「嘘よ」
「今日エイプリルフールだっけ?」
「あなたは季節の違いもっ———」
「4回目っ!」
僕は4回目に突入しそうだった彼女の暴挙を食い止めた。
彼女は少しムッとした後に、話を続けた。
そのムッとした顔が、ちょっと可愛かったりもする。
「ふんっ、まあいいわ。ここからが大事だから、よく聞くことね、妄想癖君」
ツッコむと面倒なので、何も言わない。
「……沈黙は肯定ということかしら?」
「ツッコまなくても面倒だなっ!」
「もう、あなたがツッコむから話が進まないじゃない」
「———っ!」
のど元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
危ない危ない。ここでツッコめば彼女の思う壺だ。
冷静になろう、僕。そうだ、冷やし中華始めよう。
「ふふっ、よく耐えたわね。イノシシ君にしてはよくできたわ」
「君はいつも一言多いよね」
「そんなことより、さっきの話の続きよ」
そして、人の話を流すなっ。
「ハロウィンには魔法の言葉があるのは、愚鈍なあなたも知っているはずよ?」
「……魔法の、言葉?」
「ええ。お菓子をもらうために伝える、素敵な悪魔の囁きよ」
彼女は人差し指を、自分の口元に当てて、小悪魔な笑みを作る。
お菓子をもらうために伝える、魔法の言葉。素敵で悪魔な囁き。
子供たちの笑い声に混ざる、悪戯なカボチャのオバケ。
「———トリック・オア・トリート」
「ご名答」
彼女は、宙に小さく円を描いた。
「『お菓子をくれなきゃ、悪戯しちゃうぞ』という意訳よ。ここで注目すべき点が一つあるのよ」
と言い、彼女は細く白い人差し指を僕に突き出した。
注目すべき点?
「注目すべき点。それは『悪戯』という言葉よ。この言葉こそがあなたの大きな勘違いを埋める一つのピース」
「僕の大きな勘違い?」
そういえば、さっきもそんなことを言っていた。
僕のしている大きな勘違いって、なんだ?
「あなたは最初にハロウィンとエイプリルフールは似ていると言っていたわよね。一体どこが似ていると思ったのかしら?」
「いや、さっきも言ったけど、どっちも人を騙しているじゃん」
「———そこよ」
彼女の言葉が、僕の言葉を貫いた。
静かに軋み始める、言葉の欠片たち。
僕は息を呑む。
「騙しているというのは、嘘を付いているということ。でも、悪戯は決して嘘を付くこととは限らない。嘘と悪戯は似て非なる存在。つまり、ハロウィンは悪戯はしてもいいけど、嘘を付いて良い日ではないのよ。これこそがあなたの大きな勘違い。そして、あなたの求めた問いへのAnswer」
僕の眼球と頭を貫く、彼女のまっすぐな瞳。
彼女の瞳の奥には、偽りの糸で操られ、己の首を自ら絞める人形が映っていた。
「勘違いは時に、大きく事実をねじ曲げてしまうわ。ねじ曲がった事実からは、偽りの真実しか導き出せない。偽りの真実からは、なんの正義も問うことができない」
彼女はそう言って、再び置いていた本を開き、目を伏せた。
これがこそが、彼女。
僕の唐突な疑問に、一つの深いピリオドを打つ。
窓から吹き込んだ、11月の肌寒い風が、彼女の髪を撫でる。
その時、ふと僕は思いつく。
「でも、嘘にも正しい嘘ってあるよね? 例えば、その人を護るためにつく嘘とか、人を励ます嘘とか」
「嘘に善も悪もないでしょう? 嘘は嘘。ただそれだけよ」
本から目を離すことなく、彼女はそう吐き捨てた。
やけに、冷たい声で。
僕はなぜだか、彼女を元気づけたくて、こんなことを言ってしまった。
「そういえば、今日の朝、商店街のいつもの書店に、その本の作者の新作が並んで———」
「ホントっ!?」
僕が言い終わる前に、彼女は勢いよく椅子から立ち上がった。
普段大人びた彼女の見せない、子供のような笑み、キラキラした瞳が、僕を見つめていた。
ま、まさか、こんなに食い付くなんて……。
「その作者の作品そんなに好きなの?」
「ええ、あなたの、100倍好きよ」
「———そ、そう? 何がそんなに良いの?」
「なにって、そうね。この作中にある、何気ない彼女と彼の言葉の掛け合いかしら」
「……そっか」
「そんなことより———」
彼女は本をパタンと閉じると、そそくさと鞄の中にしまった。
「何やってるの? あなたも帰る支度しなさい」
「え? なんで?」
「新作を買いに行くのよ」
「なんで、僕まで?」
「なかったら、あなたをさらし首にするためよ」
僕は一つ大きなため息をつくと、鞄を持ち、椅子から立ち上がる。
拝啓。今も現役バリバリの専業主婦である、母よ。
どうやら、僕の未来はさらし首のようです。
墓前には、ゴリコのプリンをお願いします。
まあ、でも、もう少し彼女が待ってくれるのであれば、さらし首は避けられるかな。
部室を出る直前に、スマホがメールを知らせた。
「そういえば、明日か。———新作の打ち合わせ」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
ほぼ、自己満足作なので、内容はありません。
それでも、少しでも楽しんでいただけたら、嬉しいです。