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小話  作者: 浅木 恭也
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始まりの出会い

それは幼い少女だった。

腰まで届く見事な銀の髪に、黒い瞳で身なりは華美ではないものの、上質なものだと一目でわかる。

余りに幼いので、親とはぐれたのかと呼び止めた。

咄嗟に呼び止めてから、自らの容姿に思い至ったが時は既に遅い。

少女は振り返って不思議そうに俺を見た。

その瞳に怯えの色は無く安堵する。

迷子になったのかと訪ねた俺にコクリと頷くので、詰所まで連れて行ってやろうと抱き上げると、少女は驚いた顔をしたが素直に抱かれた。

周囲にいた者が一瞬ざわめいたが、構わず肩に乗せ歩き出す。

誘拐犯と間違えられないうちに早く詰所に向かうが吉だ。

少女は、大人しく肩に乗って辺りを見回している。

その内、あれこれ聞き出したので答えてやりながらゆっくり進んで行くと、向こうから血相を変えた教会騎士がやって来て目の前で止まった。


「貴様!そのお方を何処へ連れて行くつもりだ!!」


腰の剣を抜きかねない勢いで男が怒鳴る。


「誤解しないでくれ。この子が迷子になっていたようだったから、詰所に連れて行こうとしただけだ」


男が此方を信用していないのは明らかなので、どうしたものかと考えていると、肩の上から声がした。


「ウィーザ卿、剣から手を離しなさい。彼には私が幼子に見えるらしい」


年に似合わぬ大人びた口調で可笑しげに笑ってそう言うと少女は、肩から下りる。

ウィーザ卿と呼ばれた騎士は、渋々と言った感じで柄から手を離し少女が下りるのを待った。


「すまぬな、つい(たの)しくて調子に乗ったようだ。許されよ」


幼い少女にそう言われ、俺はどう返して良いか判らず曖昧に相槌を打つ。

何処ぞの貴族の娘なのだろうか?

やけに口調が時代がかっているような気がするが、貴族階級に詳しくはないのでそれが不釣り合いかどうかまでの判断は出来なかった。

供に付いているのが教会騎士(それも、最上位の濃紺)なのが解せないが、こう言う好奇心は身を滅ぼすので敢えて口にしない。


「所で、そなた。見たところ傭兵のようだが……」


「ああ、そうだが?」


少女が見上げて聞いてくるので、軽く返事をする。

俺は生来の体格の良さに加え、鍛えたお陰で傭兵としては十分な貫禄がついていた。

得物は地味に長剣だが、小刀も実戦で使えるくらいは鍛えている。

顔やあちこちに傷がある為、初対面の者や子供には好かれた試しがなかったのに、この子は何故怖がらないのだろう?

ふと、そんな疑問が脳裏を掠めた。


「ならば丁度良い。1つ仕事を頼まれてくれまいか?」


「せ、聖女様!?」


少女の発言に、教会騎士が悲鳴に近い声を漏らした。

2人の言葉に、俺は一瞬で思考が停止した。


〈聖女だと!?〉


神聖教会が勇者選定の為に聖女を各地に派遣すると言う話は、暫く前に聞いた気がする。

だが、そもそも聖女とは成人以上の女性で適性が認められた者に与えられる称号のはずだ。

老いた聖女は有り得ても、こんな年端もいかない少女が名乗れる筈がない。

俺の混乱を余所に、聖女の言葉に反応して周囲の幾人かが人が立ち止まった。

しかも誰もが少女を疑いも無く聖女だと思うらしく、祈りの形を取る姿も見える。


「ウィーザ卿、場所を変えた方が良いな」


少女は少し困ったような仕草で、教会騎士を振り返ると小声で確認を取った。


「あー……、そなたも着いて来るが良い」


名前を呼ぼうとして知らない事に気付いたのか、少女が少し間延びした声で言い終えると、教会騎士が先頭に立ち、案内をする形で進みだす。

俺は事態を呑み込めないまま少女の後を着いて歩きだした。



教会騎士に連れられて町で一番大きな教会の裏手から中に入ると、応接室へ通された。

少女が聖女であると言うのは本当らしく、すれ違う司祭や教会騎士が皆、最上位の礼を向ける。

ただの傭兵では足を踏み入れる事はないだろう部屋に通され、普段飲む事がない上質の茶を出された俺は、落ち着かない。

さっさと話を終らせて、出ていきたい気持ちだった。


「聖女様、目当ての者を、もう見付けられたのですか?」


軽いノックと共に入って来たのは、先ほど茶を運んできた見習いではなく、高そうな礼服を着た司祭だった。


「貴殿の助力のお陰で、思ったより早く見ける事が叶った。礼を申し上げる、司教殿」


「いえ、聖女様こそお忙しい中、礼拝にも参加して頂き、ありがとうございます」


小肥りな司教は俺を一瞥すると、興味が失せたのか、早々に出ていく。

司教が出て行くと、ウィーザ卿が深刻な顔をして、少女に訴えかけた。


「聖女様、お考え直し下さい。この様な、行きずりの者にお役目を与える等と!」


初対面から好意的とは言い難かった教会騎士は、俺に敵意を隠そうともしない。

こちらも、その様な態度には馴れているから、敢えて構わずに少女に話し掛ける。


「そろそろ、事情を話してくれないか?俺はこう言う所は苦手なんだ。さっさと終らせて帰りたい」


「この者もそう申しております。もう少しお探しになれば、適した者も見付かりましょう」


「ウィーザ卿、少し静かにされよ」


少女はうんざりした様に言い、こちらへ向く。


「卿が煩くてすまぬ。悪い者ではないが、少々頭が堅くての」


教会騎士が、赤くなって抗議したそうにしていたが、少女の方が立場が上のなのか、辛うじて黙っている。

名前は?と聞くのでハルシオンと答えると、少女は真剣な眼差しで俺の手を取りこちらを見上げた。

外で見た時には気付かなかったが、黒だと思った瞳は濃い紫で銀の髪と相まって神秘的な印象を作り出している。


「さてと、ハルシオン。そなた、私の護衛を頼まれてくれぬか」


「護衛?俺より、そいつの方が向いてそうだが」


黙ってはいるものの、殺気を纏っている騎士を指す。


「それが、ちと煩い場所でな。そなたなら、大丈夫だと思うのだ」


教会騎士だと目立つような場所に行きたいと言う事だろう。

少女がそんな所に行きたがる理由が全く分からないが、下町なら案内出来るくらいには良く知っている。

それに、この少女のお守りをする事は嫌ではなかった。


「お嬢ちゃんが俺の言う事を聞いて、大人しく出来るなら、一緒に行ってもいいが……」


「なら、決まりだな。手をこちらへ、契約しよう」


「聖女様!」


さっと俺の手を取った少女に、教会騎士の叫びが被る。

それにしても煩い男だな……、これで良く教会騎士が務まるものだ。

力のある術者や教会の上層部の者にしか使えない、と言う紙を使わない契約をする気なのか、少女は手を握ったまま、何やら呟く。


「おい!護衛はしても構わないが、俺はまだ契約内容を確認してないんだが……」


内容の確認をしないうちに契約を交わそうとする少女に、焦ってそう問いかける。

少女はにっこり微笑んで、顔を上げたが詠唱は止めなかった。

詠唱の終りに、掌が暖かくなり何かが身体を駆け巡る気配がする。

慌て手を離すと、左手の掌に契約印がくっきり刻まれていた。

それを見て、軽く目眩を覚える。

契約印自体、滅多に見る事がないが、これは今まで見た()れとも違う。


「ハルシオン、そなたを我が護衛と認め、『勇者』を名乗る事を許す」


その宣言と共に、少女の姿が一瞬霞んだ。

驚いて瞬きするが、少女は何事も無いようにそこに居る。

見間違いかと思った時、後ろに控えている教会騎士が奇妙な呻き声を出した。


「聖女様……!?、そのお姿は?」


「ああ、卿は選定に立ち会うのは初めてであったな」


明らかに戸惑っている男に向かい少女はふわりと微笑む。


「私は本来、求める者の心に沿った姿をとるのだ。先程まで見えていたのは、卿の求める姿。選定が為されると、選定された者に見えている姿に固定される。故に、今の姿はハルシオンの聖女像と言った所だ」


話について行けずに、視線をさ迷わせていると、教会騎士と目が合った。

彼は面白くなさそうではあったが、こちらを向いて一礼する。


「お前を、『聖女』様に選ばれた勇者として、務めを果たす事を認めよう」


「ま、待ってくれ!勇者とはどう言う事だ!?」


教会騎士は哀れむような目でこちらを見ながら、説明を始めた。


「この方は、教会が認める勇者選定権を持つただ1人の聖女様だ。お前は今、聖女様の護衛を引き受けた事で、『勇者』に選定された」


「私達は出会うべくして、出会ったのだ。偶然ではなかろう」


「何でそうなる!?」


「先日から行われている『聖女補』達の候補者選びは知っているか?」


「ああ……」


俺は渋々頷く。

だが、俺の知っている情報は教会の聖女達が勇者候補を探していると言うものだ。

教会騎士の言う『聖女補』とやらは聞いたことも無い。


「本来なら、『聖女補』が各地で見つけ出した候補者を、中央の大聖堂に集め、その中より聖女様が選ばれた者が勇者となる。今回は聖女様自らも、候補者の選びに出ると(おっしゃ)られたので、こちらに出向いていたのだが……」


教会騎士は、そこで言葉を濁す。


「あんたの話だと、お嬢ちゃんが探しているのは勇者候補のはずだよな」


黙って頷く騎士に、少女は機嫌を損ねたらしく、可愛らしく口を尖らせている。


「濃紺の教会騎士が立ち会えば、略式の選定として認められる。そなたは、『勇者』となったのだ」


候補者選びがどうして勇者選定となってしまったのだろう?


「お嬢ちゃん、確かに俺は護衛を引き受けても良いと言った。だが、勇者になっても良いとは言ってない」


思わず自分でもぞくりとするような、声音が出た。

少女は、一瞬視線を泳がせたが、負けまいとこちらを見返す。


「もう、選んでしまったのだ。契約が履行されねばその印は消えぬ」


視界の端に入る教会騎士は大きくため息を吐いた。


「聖女様の仰る通り、どう言う事情であれ、選定が為されてしまった以上覆す事は出来ない」


「受けないと教会を敵に回す、と言った所か……」


そんな事をしてしまえば、傭兵として仕事が出来ない所か、命の保証すらない。

国と違い教会の信仰は、世界共通のものとして、余程の辺境を除く全土に広まっている。

特に、聖女信仰は分かり易く、実際に聖女達と触れ合える事もあり人気があった。

その聖女の選定を拒否したとなれば、世界中を敵に回すようなものだ。


「思った程、愚かではないようだな。今回の選定については、同情の余地があるとは思うが、聖女様は出来ない者を『勇者』に選んだりはしない」


それより、と彼は聖女に向き直り、勇者が選定されたとなれば、一度大聖堂にお戻り頂かないといけませんと言った。


「うむ、そうだな。ロッシュ達が煩いからな」


少女は渋々と言った様子で頷く。


「ハルシオン、明日の朝は早く出る」


当然の様にそう言われ戸惑う俺に、教会騎士が不機嫌に畳み掛ける。


「遺憾だが、貴様は『勇者』だ。聖女様に心してお仕えするように」


既に決定事項に切り替わったこの事態に俺は、目の前が暗くなった。




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