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竜の国 【リメイク版】  作者: 一理。
王宮生活

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ディートフリート第二王子(3)


 国王陛下は要望の一つはすぐに叶えてくれた。

 ディーは自由に東の離宮に遊びに来れるようになった。もちろんあの忌々しい従者アルフォンスは入り口で差し止めだ。

 ディーはものすごく喜んで毎日遊びに来ている。私のいないときにも図書室の本を静かに読んだりしているようだ。

 意外だったのは私の護衛騎士の一人のローラントだ。彼は弟が二人いるそうで子供の扱いに慣れていた。昨日は離宮の庭で散々追いかけっこをしたり取っ組み合いをしたりディーと遊んでくれた。私も最初だけ追いかけっこに付き合ったが途中からはお茶をしながらその様子を眺めていた。お茶をしているとお母様が訪ねて来てお母様の護衛のユストゥスが「俺も混ぜてくれ――」と庭に駆けだしたので笑いながらお母様とそれを眺めた。ディーは初めて伸び伸びと遊んだようでその後は両目がくっつきそうになっていたのでローラントが抱いて送っていった。



 しかしもう一つの要望はなかなか実現しなかった。

 側妃様が渋っているようだった。

 やっと側妃様が了解してくれて王族みんなでのお茶会が実現したのは初冬、プレデビューの夜会の直前だった。

 肌寒い季節になってきたのでお茶会は温室で行われることになった。奥宮と東の離宮の中間にある温室だ。お婆様も参加したかったようだが前日が快晴だったせいか夜の冷え込みが厳しく少し風邪気味だということで欠席されることになった。


 お茶会当日も天気が良く空はどこまでも澄み渡っていた。

 天気がいいので昼間はそこまで寒くはないのだが庭を歩いて温室から中に入るとその温かさにホッとした。

 温室の中ほどに大きな丸テーブルが設置され真っ白なテーブルクロスの上にお茶の用意が整えられていた。


 お母様と私がテーブルに近づくと温室の奥の方からディーの声が聞こえた。側妃様に一生懸命花の説明をしているようでその弾んだ声からディーもお母様と一緒に出掛けられて嬉しいんだということが察せられた。

 出かけると言ってもここは王宮の奥宮の一角なのだけど。



 パタパタと足音がしてディーが駆けてきた。私たちに気が付いて喜びの声を上げる。


「ヴィヴィ姉様! マリアおば様!」


 私たちに駆け寄ろうとした時叱責の声が飛んだ。


「ディー! 失礼なことをしてはいけません!」


 その声にディーはビクッと足を止めた。


「いきなり駆け寄ったりしてはご迷惑です。それにヴィヴィアーネ殿下、マリアレーテ殿下とお呼びしなさい」

「待ってください———」


 抗議の声を上げようとする私を制してお母様がエミーリア側妃様ににこやかに近づいた。


「お初にお目にかかります。エミーリア様でいらっしゃいますね。マリアレーテと申します」

「あっ、側妃のエミーリアと申します。この子が失礼な態度をとってしまって申し訳ありません。重々言って聞かせますので」


 謝るエミーリア様の傍でディーは泣きそうな顔をしている。


「ディートフリート様は何も失礼なことなどなさっていませんよ。私たち可愛らしいディートフリート様が大好きですの」


 お母様の言葉に続いて私も言った。


「初めましてヴィヴィアーネと申します。ディーは私とお友達になって下さったんです。ディーが遊びに来てくれてとっても嬉しいですわ」


 私たちの言葉に対してエミーリア様は厳しい顔をした。


「いえ、ご無理なさらないでください。私たちのようなものがお二人の離宮に遊びに行くなどとんでもない事です。それにこの子は先ほどのような不敬な呼び名で呼んだりして……重ね重ね申し訳ありません」

「いえ、違います。ヴィヴィ姉様と呼んで欲しいと言ったのは私の方で——」

「やあ! 遅れてすまない。みんな集まっているな」


 陛下とジークが温室に入ってきて微妙な空気のままお茶会が始まった。

 暫くは当たり障りのない話題が続く。私はディーとお喋りしたかったのだがディーはすっかり委縮してしまってエミーリア様の隣で大人しくお菓子を食べていた。


「ディー、今はどんな勉強をしているの? 私に教えて欲しいな」


 ジークが水を向けるが


「ジークハルト殿下、ディートフリートは覚えが悪くお恥ずかしいところまでしか進んでいませんの」


 エミーリア様の言葉にディーは益々委縮して「……はい」と言うのが精一杯だった。


 エミーリア様は何故そこまでディーを貶めるのだろう? 私たちが温室に入った時聞こえたディーの声はとても弾んだものだった。一生懸命エミーリア様に花の名前などを教えていた。それに応えるエミーリア様の声も優しげだった。


 私はローラントに目配せした。ローラントが前に進み出る。


「陛下、ディーはずっとここに座っていても退屈だと思います。私の護衛と遊ばせてもいいですか?」


 私が切り出すと陛下はエミーリア様が何か言う前に「ああ、それがいい。ディー遊んでおいで」と言ってくださった。

 ローラントは椅子に座っているディーの前に跪くと目線を合わせて言った。


「ディートフリート殿下、よろしければ私と一緒に庭園の探検をしませんか? こちらの庭園はまだ見たことが無かったでしょう?」


 ディーは興味をそそられたようにそわそわとエミーリア様を見た。

 陛下に言われては反対もできない。エミーリア様は諦めたように「行ってらっしゃい。護衛の方のご迷惑にならないようにするんですよ」と言った。

 すかさずディーの従者のアルフォンスが前に出て「お供します」と言いそうになったがその声を遮るように声が聞こえた。


「はいはい!! 俺も行きたいっす! 陛下、マリア様俺も一緒に行っていいっすか?」


 大声を出したのはお母様の護衛のユストゥス様だ。

 陛下は苦笑してお母様に「マリアレーテ、いいか?」と聞いた。お母様はもちろんOKを出す。この場にはまだ護衛騎士が沢山いるので二人が抜けても問題ない。


「じゃあディー様、ローラント行こうか。あ、俺たちが付いていくから君は来なくていいよ」


 ユストゥス様はアルフォンスに言って歩き出した。


「アルフォンス、上着を着せてあげて」


 エミーリア様がアルフォンスに言ってアルフォンスがディーに上着を着せた。

 温室の中は暖かいが外で遊んでいたら上着無しでは体が冷えてしまうだろう。

 そういうところに気づく辺りエミーリア様はディーにちゃんと愛情を持っているのだ。それなのにさっきの態度は妙にちぐはぐなのだった。





 ディーたちが温室から出ていくと陛下は私たちだけで話がしたいからと従者や護衛などを全て温室の外に出した。

 ノルベルト侍従長が皆のお茶を入れなおし率先して温室を出ていくと皆もそれに従った。

 皆が出ていくと陛下が明るく言った。


「さあこれからは家族の話をしよう。大分普通の家族とは形態が違うが私たちは王室という一つの家族だろう? 今は無礼講だ。思ったことを話し合おう」

「陛下、私は下がらせていただきますわ」


 エミーリア様の言葉に陛下は意外そうな声を出した。


「どうして? 側妃とは言え君は私の妻だしディーの母親だろう?」

「陛下、陛下の妻はユリアーネ様だけです。ご冗談でも私なんかのような者を妻とお呼びにならないでください」


 少し強い口調でエミーリア様が言う。

 あ、この人は自分のことも私な(・)ん(・)か(・)のような者と言った。ディーだけじゃないんだ。


「エミーリア、私はもちろんユリアーネの事を愛しているよ。亡くなった今でも私の最愛の妻はユリアーネだ。でも形は違うが君のことも大切に思っている。そしてディーは私の息子だ」

「いえ、陛下が愛するのはユリアーネ様の忘れ形見のジークハルト王太子殿下であるべきです」

「もちろんジークの事も愛しているが……」


 陛下は少し困惑気味だ。


「あの、お話し中に失礼します。エミーリア様はディーの事を愛していらっしゃいますよね? でしたらどうしてディーを蔑むようなことを仰るのですか?」


 私は我慢できずつい口を挟んでしまった。横でジークが小さく笑っている。


「私はユリアーネ様亡き後陛下が次のお妃さまを、次のお子様をと皆に期待されているのが我慢できなかったのです。陛下のお妃さまはユリアーネ様お一人ですしお子様はユリアーネ様のお子様のジークハルト殿下お一人だと思っています。次のお妃さまが決まってユリアーネ様とジークハルト殿下が蔑ろにされるくらいならと私は陛下に側妃にしてくださいとお願いしました」

「うん、あの当時あまりにも新しい王妃様をと言われ続けて提案に乗ってしまった私にも責任があるな」


 陛下は苦笑と共に少し後悔しているように見えた。


「また次の側妃様をと言われないように最低一人はとお子を望みましたがディーが生まれたので私はもうお役目を終えました。後はジークハルト殿下のお邪魔にならないように間違ってもディーがジークハルト殿下の敵にはなりえぬようにひっそりと生きていくつもりです」

「え!? どうして? あなたやディーの幸せは?」


 私は納得できなかった。


「私の幸せはユリアーネ様と共にある事でした。でもユリアーネ様はトシュタイン王国の陰謀で亡くなられてしまいました。私はユリアーネ様の場所を奪わぬよう、誰にも奪わせぬようする事しか……」


 エミーリア様の声はだんだん小さくなっていってどんどん俯いていく。

 私はエミーリア様の考えにまだ違和感が付きまとっていた。


「私はずいぶん信用が無いんだな」


 陛下の言葉にエミーリア様はえっ? と顔を上げた。


「私はユリアーネの事を生涯愛しているしそれが揺らぐことは無いよ。ユリアーネの場所を脅かすものがいれば私が排除する」


 お母様がポツリと言った。


「あなたは……陛下のことを愛しておられるのですね。そしてユリアーネ様のことも……だから苦しんでいる。自分やディートフリート殿下に厳しくあろうとするんですね」


 お母様の言葉でやっと違和感が消えた。ああ、そうか。この人は陛下を愛しているんだ。だからこそ自分がユリアーネ様にとって代わるような真似は出来なかった。苦しんでいるんだ、ずっと……


 陛下はエミーリア様の手を握られた。


「私のことを愛してくれていたのか、嬉しいよ。ずっと苦しんでいることに気づいてやれなくてすまなかった」

「え? いえ……私は……陛下のことを愛してなど……」


 エミーリア様は愛してなどいないと言い切ることはできなかった。


「ねえエミーリア、さっきも言った通り私は君も大事にしたいと思っているんだ。何年たってもユリアーネのことを忘れないでいてくれて大切に思ってくれている君だから。それに君はディーの母親だろう? 私の子供のディートフリートの。君も私の大切な家族なんだよ」

「あなたが陛下を愛していることはユリアーネ様も喜んでくれるのではないかしら」


 お母様がエミーリア様に話しかける。


「私はユリアーネ様ではないから断言できないけれどユリアーネ様はあなたを可愛がっていらしたのでしょう? だったら自分がいなくなった後陛下を支えてくれて自分のことをずっと忘れずにいてくれるあなたが陛下を愛してくれることは嬉しい事じゃないかしら。あなた自身の幸せもユリアーネ様は望んでいると思うわ」


 私もお母様もユリアーネ様に会ったことは無いのでユリアーネ様が本当にそう思うかなんてわからないことはお母様は百も承知だ。でもエミーリア様の気持ちを肯定してあげることがエミーリア様にもディーの為にも必要だと思う。


「エミーリア様、東の離宮に遊びにいらしてくださいな」

「東の離宮に?」

「ええ。一緒にお茶をしましょう。慣れたらお友達を招いてもいいわ。あなたは外に出ることが必要だと思うわ」

「それはいい考えだ! マリアレーテ、よろしく頼む」


 陛下が喜んで賛成したのでエミーリア様は「……はい」と頷いた。

 さすがお母様、エミーリア様の頑なな心もお母様なら解きほぐしてくれそうな気がした。


「ディーも喜ぶわ」


 私が口にした途端エミーリア様の表情は一変した。


「いえ、あの子はダメです。今は陛下のお言いつけで東の離宮にお邪魔させていただいていますが近々ご遠慮させていただこうと思っていたのです」

「そんな! どうしてですか!?」

「あの子がジークハルト殿下やヴィヴィアーネ殿下とお付き合いさせていただくのに相応しくないからです。怠け者で勉強嫌い、小狡くて計算高いからですわ。ディーの性格が矯正できるまでは人前に出すことはできません。私の子供ですから私が責任もって——」

「ディーはそんな子ではありません!!」


 私はつい大声を出してしまった。どうしてエミーリア様はディーのことをそんな風に思っているのだろう?


「いえ、ヴィヴィアーネ殿下はあの子に騙されているのですわ。あの子は狡いところがあるのでヴィヴィアーネ殿下に取り入っているのです。そのことはアルフォンスからもディーの家庭教師からも報告が来ています。ディーはすぐ勉強に飽きて家庭教師やアルフォンスの目を盗んで遊びに行ってしまう。私の目の届かないところでは酷い我儘を言う。メイドたちも困っているようです。私はあの子の親ですから責任もって矯正しないと。でもあの子は私には媚を売るのです。常に私のご機嫌を窺うようなそぶりを見せるのです」


 エミーリア様は困ったように言うけれども違うのに! そうじゃないのに!

 勉強嫌い? 離宮に来て輝くような目で本を読んでいたディーが? 与えられたたった数冊の本を大事にしていたディーが?

 我儘? 何をするにも気を使ってすぐに謝ってしまうディーが?


「ご機嫌を窺うのは悪い事ですか?」


 押さえようとしても怒りが滲み出てしまっていた。


「私の今までの生い立ちはご存じの事と思います。私は五歳からアウフミュラー侯爵家の養子として育てられました。そしてちょうどディーぐらいの年のころ上の兄のフィリップにとても疎まれていたんです」


 私の発言にジークは驚いた顔をした。

 フィル兄様が冷たい態度をとっていたのはジークがアウフミュラー侯爵家を訪れなくなった時期だ。今あれだけ私を溺愛してくれるフィル兄様との関係が悪かっただなんて想像もつかないのだろう。


 ごめんなさいフィル兄様引き合いに出してしまって。でも私はあの頃どうにかしてフィル兄様の歓心を買いたかった。愛されたかったから。家族になりたかったから。私は必死にエミーリア様の歓心を買おうとしているディーの気持ちがよくわかる。


「私はその頃どうにかしてフィル兄様の歓心を買おうとしていました。それはフィル兄様に妹と認めてもらいたかったから、愛されたかったからです。今は特にフィル兄様の歓心を買おうとは思っていません。それはフィル兄様が私を愛してくれているのがわかっているから。その愛情が信頼できるから私はフィル兄様の前で伸び伸びと本来の自分を出していられるのです」

「私はあの子を愛していますわ!」


 エミーリア様は叫ぶように言った。


「でもディーの言葉を信じていませんよね。ディーはあなたの前でもっと勉強したいとかもっとあなたと一緒に遊びたいと言いませんでしたか?」

「そんなことは……いえ……言っていたわ。もっと本が読みたいとか一緒に散歩しましょうとか……いつから言わなくなったのかしら……」


 エミーリア様は暫く考え込んでいた。


「ああ、そうだわ。本が欲しいと言った時にアルフォンスに買い与えるように言ったのです。そうしたらディーは今現在の勉強にも真面目に取り組んでいない。今の勉強も遅れがちなのに新しいものばかり欲しがると言われたのです。それに気を許しているとどんどん我儘になるから厳しく接した方がいいと。家庭教師も同じ意見でしたわ。だから私はディーには殊更きびしく接するように心がけているのです」



 やっぱりだ!! 元凶はあのアルフォンスだ!! 彼がエミーリア様にいろいろな事を吹き込んでいたのだ。彼がどうしてそんなことをするのかはわからないけれど幼いディーに対してそんなことをするのは絶対許せない!!


 私の怒りは頂点に達していた。







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