父との対面(3)
国王陛下はオリヴェルト様の話の間も私たちのやり取りもずっと静かに見守っていてくれた。陛下としては思うところもあったに違いない。お母様はヴェルヴァルム王国の王女なのだから。でも静かに見守っていてくれた。私たちは陛下に改めてお礼を言った。
「いや、現時点で私が貴方達にしてあげられるのはこのくらいだ。これからカルドッチ卿は過酷な戦いに身を投じなくてはならないが、一日も早く勝利してまた相まみえる日を心待ちにしているよ。マリアレーテとのことはその後にゆっくり話し合おう」
国王陛下はお母様とおとうさんの今後についての明言を避けた。
お母様とおとうさんは既に夫婦、私という子供もいる。だけどおとうさんの立場は今は不安定だ。そしてお母様はこのヴェルヴァルム王国の先王の唯一の子供、もう平民の夫婦という気軽な立場じゃない。
「ヘンドリック国王、今まで放っておいて虫のいい話ですが、私とマリアレーテは——」
「カルドッチ卿、それは今ここで話しても詮無い事だ。まずは貴殿の悲願を達成させることだ。家族として付き合った年月は短いが、私はマリアレーテの頑固さをわかっているよ。流石竜神の子孫だけあるな」
国王陛下の発言で私はある言葉を思い出した。
「竜神の子孫はつがい意識が強いんだ」
そうか、お母様と私も、そしておとうさんも竜神の子孫なんだ。
つがい意識、って言葉は嫌いだけどね。
国王陛下は微妙な顔のおとうさんとお母様を見て、それから口調を変えた。
「ああ、すまない。この機会にカルドッチ卿にもう一つ聞いておきたいことがあるのだが」
「私に答えられることでしたら」
頷いて国王陛下はお父様を見た。お父様が口を開く。
「カルドッチ卿はアメディオ第八王子の事を何か知っておられますか?」
ああ、ディオの事だ! それは私も知りたい事だった。
「アメディオ王子ですか……残念ながら私の知っていることは少しなのですが……」
そう前置きしておとうさんは話し出した。
ディオは、アメディオ第八王子は王子と認められなかった王子だ。故に殿下と呼ばれることも無い。
トシュタイン王国の王子は生まれると独立した宮が与えられる。成人すると領地が与えられるが、成人前でも宮があり、王子個人の家来がいる。アメディオはその全てを与えられず、五歳までは国王の妾である母の宮で育った。五歳の時にその母が亡くなり、アメディオの存在は宙に浮いた。
「宮が閉鎖され、追い出されたアメディオにすり寄るものはおらず、いや、母親の護衛を務めていた男だけはアメディオに同情していたようですが、食べる物や着る物さえ困窮したアメディオは兄王子たちを頼ったようです。兄王子と言っても母も違い、互いにライバルであるトシュタイン王国で兄弟の情などある訳もない。アメディオは兄たちの便利な道具として立ち回ることで生き延びることが出来たようです。言葉巧みにそれぞれの兄たちの情報を教えたり、少し成長してからは政敵の元に潜り込んで弱点を探し出したり。数年前から第三王子のガスパレの手足として働いていたそうですが、ガスパレ失脚の後はサロモネにすり寄っているようです。王宮で見かけることはほとんどなく、私も宰相補佐官として潜り込んでいなければ知らなかった存在です」
「王子として認められなかったのはどうしてなのですか? アメディオの母親が不義を働いたとか?」
「いいえ、アメディオは間違いなくトシュタインの国王の息子です。ただ、彼には魔力が無かった」
魔力が無かった? お父様の問いに対するおとうさんの答えは簡潔だった。
簡潔だけど、意味がわからない。トシュタイン王国において魔力はそれほど重要ではないだろう。
「その、魔力が無いと王子として認められないのですか?」
お父様も面食らったように問いかける。
ヴェルヴァルム王国ならわかる。我が国の貴族の条件は魔力があることだ。魔力が無ければ竜と契約を結べない。もっとも魔力の無い平民でも国の重要なポストに就くことはできるし、研究分野や、商業分野で頭角を現している平民も沢山いる。しかし、魔力を必要としている分野では平民がその職に就くことはできない。それゆえ特権意識を持った貴族が多数いるのが現状だ。
例えば近衛騎士、これは貴族しかなれない。王族が竜で移動するときに、ついて行けませんでは困るからだ。王族が魔力が無いというのは考えられない。この国の王族は竜神の子孫であり、民を守る象徴だ。国王の竜が黒竜でない、というだけで民の不安をあおるのだ。
しかし、トシュタイン王国は、いえトシュタイン王国のみならず、ヴェルヴァルム王国以外の国は竜と契約をしていない。それゆえなのか原因はわからないが、魔力が衰退の一途をたどり、魔術も廃れてしまった昨今、魔力のあるなしがそれほど重要だとは思えない。
お父様の問いにおとうさんは苦笑しながら答えた。
「ええ、何の役に立つのかわからないが、トシュタインの国王は魔力に強いこだわりを持っているのですよ。数十年前にヴェルヴァルム王国から闇で手に入れた魔力測定器を国宝のように大事にして、自分の子供や高位貴族など、軒並み測定させたそうです」
「あなたは大丈夫だったのですか?」
「魔力があることを自覚していて、制御することが出来れば隠すことは難しい事では無いですから」
おとうさんは微笑んだ。
おとうさんは魔力を隠して平民としてこの国で二十年近く生きて来た人だから魔力の隠蔽には自信があるそうだ。
魔力が無いというだけで認められなかった王子。ディオがどんな環境で生きて来たのか、私には分からない。私は平民として生まれて魔力があることが発覚して貴族令嬢として育った。
それも、血がつながっていないのにお父様や兄様たちから溢れるほどの愛を与えられて。
私は幸せだったと思うけど、だからと言ってディオに同情するのは違うと思う。
ディオは私を誘拐したときに、私を嫁にすると言っていた。魔力が豊富な私を嫁にすれば王子になれるとかそんな理由なんだろうか。従うつもりは微塵も無いけれど。
もう帰らなくてはいけない時間だった。
席を立とうとした時におとうさんが陛下に向かって言った。
「第一王子サロモネの事ですが……来年の大規模侵攻の折に何かまだ企んでいるようなのです」
「それは……?」
「いえ、詳細はわからないのですがメリコン川を渡っての侵攻の他に何か手を考えているようで……私ももう少し探っては見ますが」
「無理はなさらないでくれ。貴殿が怪しまれてはクーデターの計画に差しさわりが出る。私たちもこれから一年万全の備えをする。大丈夫です。ヴェルヴァルム王国は強い」
「ありがとうございます。お互いの勝利を信じましょう」
陛下とオリヴェルト様は再び固く握手を交わして会談は終わりになった。
部屋を出るとき、陛下とお父様は先に出た。
そして私はおとうさんとハグをすると、お母様を残して部屋を出た。
たった数分だけれど二人きりにしてあげたかった。




