一年生(4)
「ジーク兄様たちのせいであの後大変だったわ」
次の日、西エリアにあるカフェに向かって歩きながら私はつい愚痴ってしまった。
学院の広大な敷地の中の西エリアには小さな商店街がある。
学院生は基本衣食住は賄われているがこの学院に勤める従業員たちにはそれでは足りないものもある。主に従業員を対象とした衣服を売る店や小間物を売る店、食品店、酒場も二軒ありカフェが一軒だけあった。
酒場は勿論出入り禁止だけどカフェは学院生も出入りが許されていた。といっても大抵の学院生はサロンを利用する方が多いのだけれど。
食堂にジーク兄様とエル兄様が現れて周囲はプチパニック状態だった。
一、二年生の教室と三~五年生の教室は離れているため普段は二人と会うことは無い。
食堂は全学年共通だけど、学院に入学したての頃ジーク兄様が食堂で食事をとっていると引っ切り無しに声をかけられたり嬌声が上がったりしたそうだ。(主に上の学年の女の子たちから)その為ジーク兄様はエル兄様やその他数名の男子生徒たちとサロンで食事をしていると聞いていた。
つまり一、二年生は初めて(プレデビューを除いて)間近に見る王太子殿下だったのである。
「楽しそうだな、私たちも一緒していいか?」というジーク兄様の言葉を近くのテーブルで聞いていた人たちは何人かいる。
その人たちから話が漏れたのだろう。昼休み後に教室に戻る間名前も知らない人に何人も話しかけられた。
話しかけた人たちはかなり遠回しな言い方をしていたが要約すると今日ジーク兄様たちと一緒にカフェに行きたいというものだった。
いきなりお友達になりましょうと言われてはいはいと頷くわけもないので全てお断りさせていただいた。
教室に入ってからも皆の態度がそわそわしている。さすがにパウリーネ様はサロンでお茶会をすると言ったばかりなので一緒に行きたいとは言わなかった。
そうそう、カールとアリーとトーマスは嬉しいけど胃が痛いと言っていた。
カールとトーマスは将来竜騎士希望でなんとエル兄様に憧れているらしい。アリーは「王太子殿下やエルヴィン様のお顔を近くで見られることなんて滅多にないから一生の自慢になる」なんて言ってたけど、三人とも高位貴族と同席して粗相があったらどうしようと胃が痛いそうだ。
おーい、ここにも侯爵令嬢いるんですけど……
最初は緊張していた三人だけどジーク兄様とエル兄様のフレンドリーな態度に絆され大分打ち解けてきたみたいだった。
私たちの前を男子二人とエル兄様が歩きカールはエル兄様に剣の訓練の仕方だとかいろいろな事を質問していた。
後ろを歩く私の右側にアリー、左にジーク兄様。そこでさっきの愚痴が飛び出した訳なんだけど、言ってからジーク兄様のせいじゃないことに気づいて私は謝った。
「いや、ヴィヴィが謝ることないよ。食堂で声をかけたのは私が軽率だったんだ」
「確信犯だろ」
急に前から声が聞こえた。
「エル兄様?」
「一年生の中では知らないけど俺たちの学年ではヴィヴィが俺やジークから疎まれてるって噂が広がったんだ。ヴィヴィが……いや、理由は言いたくないけど。それでジークがわざと衆人環視の中で声かけたんだ」
「あー」
アリーの声でわかってしまった。一年生でも噂されていたんだね。
カールもトーマスも微妙な顔しているところを見ると知ってたみたい。でも私の耳に入らないようにしてくれてたんだ。
「私は殿下やエルヴィン様がヴィヴィのことを大切に思ってくださっているのを知ることができて良かったです」
アリーの言葉にジーク兄様がにっこり笑って答えた。
「私こそヴィヴィにいい友達が出来て嬉しいよ」
「こいつは意外にお転婆だから苦労掛けるけどよろしくな」
ってエル兄様、それはいらない情報です。
なんてことを話しながらカフェに着いたんだけど……
「うわっ! なんだこれ!」
カフェが女子生徒で溢れてる……
考えてみればわかる事だった。私たちと一緒に行かなくてもジーク兄様たちが今日カフェに行くことはわかっているんだからカフェに先回りして「まあ、偶然ですね殿下! よかったらご一緒に」とか声かければいいんだもんね。
「まあ! ジークハルト殿下! 偶然ですわぁ。よろしかったらご一緒しません?」
カフェの中から一際派手な令嬢たちが姿を見せて私が今考えていた通りのセリフを言った。
「今日はカフェが混んでるみたいですけど私たちの席には若干余裕が御座いますの」
「いやゲルトルート嬢、私たちは大人数だし遠慮するよ」
ジーク兄様の断りにもゲルトルート様はめげなかった。あ、この人プレデビューの時フィル兄様に突進していた人だ。
「それに殿下に紹介したい人もいますの」
ゲルトルート嬢は後ろにいた人に声をかけた。
「今年入学した妹ですの。魔力測定でもAクラスに入った優秀な妹ですわ」
「ジモーネ・ハンクシュタインと申します。以後お見知りおきくださいませ」
なんか上目遣いで眼をぱちぱちさせてジーク兄様を見つめているけど……ジモーネ様って二組の感じ悪い人だ!
いつもツンツンしながら歩いているのに態度違いすぎ。
あ、でも私たちの存在を丸っと無視しているのはいつもと同じか。
「ジークハルト殿下、ぜひご一緒したいですわ。あ、でも席が殿下とエルヴィン様の分しかないんですけど……」
チラッと私を見てジモーネ様がクスっと嗤った……ような気がした。
「いや、遠慮するよ。ヴィヴィ、みんなも行こうか」
ジーク兄様は私の肩を抱いて回れ右させて帰ろうとした。
「そんなことおっしゃらずに……」
ジモーネ様が手を伸ばしてジーク兄様に触れようとしたとき、エル兄様が間に入り彼女の手首をつかんだ。
「殿下に触れないでいただきたい」
いつもと違うエル兄様に私は吃驚した。
「あ、私は……そんなつもりじゃなくて……」
ジモーネ様は真っ青になっている。ゲルトルート嬢も慌てている。
それに構わずジーク兄様とエル兄様は私の手を引いてその場を後にした。
「なんであの女ばかり……」
「愛人の子のくせに」
「身の程知らず」
いろんな声が聞こえたけど全て無視して歩き続けた。
西エリアから出た辺りでジーク兄様が言った。
「私たちのせいでカフェに行けなくなってしまったな。すまなかった」
みんなぶんぶんと首を振った。
「お詫びに今度サロンでお茶をしよう。美味しいケーキを取り寄せておくよ」
ジーク兄様が言うとカールは飛び上がって喜んだ。
「やったー!!」
トーマスも密かに両手を握って小さくやった―のポーズをしていた。
入学して二か月が経った。
「みんな聞いて! やっと魔力制御、OKが出たの!」
私は教室に戻ると真っ先にカール達に報告した。
アルブレヒト先生は物腰は柔らかいが決して妥協してくれない。私はこの二か月毎回毎回同じことをさせられた。おかげで制御には自信持てるようになったけど。
「良かったですね~」
「やったなヴィヴィ!」
みんな喜んでくれたけどここで気を抜くわけにはいかない。
「みんなはもうだいぶ進んでいるんだよね」
「俺は今障壁を張る練習だな」とカール。
「私は魔力の放出が上手く行かなくて。障壁までもう少しかかりそうなんです」
アリーは少し悔しそうだ。
「僕は次の時間から障壁です……」
トーマスの小声にも慣れて聞き取れるようになってきた。
「うーん! 私ももっともっと頑張らなくちゃ」
私は決意を新たにした。
お昼休み。私たちは食堂から教室に戻ろうと歩いていた。
二組の廊下の前にジモーネ様と三人ほどの令嬢がかたまって話をしている。
私たちはなるべくかかわらないように彼女たちと反対側の廊下の端を歩いていたんだけど……
「あーら、まだ魔力制御もできない人がいるなんて」
「ふふっ、どれだけどんくさいのかしら~」
「侯爵令嬢が聞いてあきれるわね~」
「まあ皆さん、しょうがないと思いますわぁ。だって彼女は本妻の娘ではないんですもの~」
この辺で私たちのおでこには青筋が浮かんでいたが……耐えた。
早く教室に入ろうと足を早めた。だけど何で彼女たちは私が魔力制御でもたついてたことを知っているんだろう?
「あいつだ」カールが小声で言った。
「え?」
「グレーテ・ベーレンドルフだよ。俺たちが話してた時近くにいただろう。あいつが盗み聞きしてジモーネ嬢に教えたんだ」
「でも一つ間違えているわ。ヴィヴィは魔力制御OK貰ったでしょう」
アリーの言葉に私はにっこり笑って頷いた。
私がにっこり笑ったのが気に入らなかったのかジモーネ様たちは更に馬鹿にし始めた。
「ジモーネ様、あの庶子の娘はAクラスにいらっしゃいます?」
「あら、いないわよ。Bクラスには?」
「いらっしゃいませんわ~。魔力も少なくて覚えも悪いなんて……」
「ふふっ侯爵家の落ちこぼれ……」
ここらへんでカールがキレた。
「ヴィヴィ! お前Sクラスなんだよな~! すごいなあ! 特別クラスなんて!」
態と大きい声で言う。私は急いで口をふさいだけど後の祭り。ジモーネ様たちはポカーンとこちらを見ていた。
次の魔術の時間、私は魔力制御をマスターしたので次の段階に入る。
「まずは魔力の放出だよ。これができると呪文を覚えることでいろいろな魔術が使えるようになる。最終的には意識しなくてもどこからでも放出できることが理想だけど、まずは意識して掌から放出することから始めよう」
アルブレヒト先生の言葉で私は両掌を前に突き出し意識を集中する。
魔力制御の時のように魔道具に魔力を流し込むのは比較的簡単らしいが何もない空間に魔力を放出するとすぐ拡散してしまうらしい。それを拡散しないように意識を集中して放出した魔力に方向性を持たせる。それによって風を起こしたり障壁を張ったり、密談などの際に自分たちと周囲の間に魔力の幕を張ることで遮音もできるそうだ。
竜の森に張られている結界もそれを高度かつ複雑にしたものだとアルブレヒト先生が教えてくれた。
「はい、集中して。掌から魔力を出したらまずはあそこの的を揺らすことを意識して!」
私は的に届けと念じながら魔力を放出した。
パッカーン!
木の的が二つに割れた。……って、え? 何が起こったの?
「ははは……」
アルブレヒト先生の渇いた笑いが響いた。
先生は咳ばらいをすると「うん、今度は三十パーセントの力でやってみようか」と違う的を指し示した。
授業終わりにジーク兄様が褒めてくれた。
「ヴィヴィは魔力の放出は得意そうだな。すぐにいろいろな事が出来るようになるよ」
ジーク兄様は私が制御で苦労しているときも授業の終わりに慰めてくれた。授業中は危ないので二人離れた場所で訓練しているが終わりには必ず話しかけてくれる。
ジーク兄様とたわいもない会話ができるこの瞬間が私は好きだ。
「あ、そうだ。カールがグローブが切れたと言っていただろう。エルヴィンがお古でよければ使ってくれと言っていたぞ。今度のお茶会にもっていくからサイズが合うか確かめてくれとカールに伝えておいてくれ」
お茶会はカフェに行きそこなったあの時から定期的に行われている。カール達三人もジーク兄様やエル兄様と大分打ち解けたようだった。
カールに言ったら飛び上がって喜ぶだろうな、と思いながら私は教室に向かった。
案の定、カールは飛び上がって喜んだ。
カールとトーマスは剣術の授業を選択している。選択制の授業はいくつかあるが、三年生で騎士コースや文官コース、研究コース、教養コースと別れるため騎士コースに進みたい男子と少数ではあるが女子も一年生のうちから剣術の授業を選択している人が多い。
カールは浮かれすぎて食堂に行く途中、男子生徒にぶつかった。
「あっ! すみません!」
「気を付けたまえ!」
ぶつかった相手は上級生。じろっとカールを見た途端声を上げた。
「あっ! お前」
「え? あっ!」
カールは一瞬わからなかったようだが次の瞬間一目散に逃げだした。
「こら! 待て!」
相手も追おうとしたが私たちを見て思いとどまったようだった。
食堂で昼食を取り終える頃こそこそとカールがやってきた。
「カール、さっきの人は誰?」
私が聞くとカールは急いでお肉を口に詰め込みながら話した。
「ヴィヴィ、俺たちの出会い覚えてるか?」
「出会いなんてロマンチックなものじゃないけど覚えているわよ。カールが何人かの男の人に追われてたのよね」
私はアリーとトーマスにカールと出会ったときのことを話した。
「あの時追っていた人たちは泥だらけでずぶ濡れだったわ」
「あいつら……ウォンドを使って猫を的にしていたんだ……」
「!!」
私は吃驚して声も出なかった。
生き物を的にしてはいけないことは最初に習うことだ。
「あいつら動く標的を狙う練習だとか言ってゲラゲラ笑ってた。だから俺……ちょうど近くにあった植木の水やりの水をぶっかけたんだ」
「それであいつらカールを追いかけてきてたのね」
「うん。その後滑って転んで泥だらけになったのは俺の責任じゃないよ。俺もちょこまか逃げ回ったけどさ」
突然トーマスがカールの手をガシッと握った。
「カールは偉いと思う。猫を助けてくれてありがとう!」
珍しく語尾まで聞き取れた。小動物好きのトーマスは余程感激したようだった。
「私もトーマスに賛成。でもその人たちまたカールに何かするんじゃない?」
「先生に言ったらどうかしら。生き物にウォンドを向けるのは違反でしょう?」
私とアリーも意見を言ったけどカールは難しい顔をした。
「うーん、見ていたのは俺しかいないからなあ……口裏合わせられたら立証できないよ」
「「「うーん」」」
と私たち三人も考え込んだ。




