またね
そうしてお母様とオリヴェルト様の結婚式と宴が終わった次の日、私は生まれ育ったこの国を後にした。
リードヴァルム王国まで華麗に天を駆けるのはオリヴェルト様の白竜とルーナ、お母様の黒竜とイグナーツ。
二頭の黒竜と白竜を先導するのは竜騎士団のブルクハルト第一隊長とエル兄様、フィル兄様の三頭の赤竜だ。
そして後ろに竜騎士隊プラス私の護衛騎士たちの竜が隊列を組んで付き従う。
その様はひどく目立ってヴェルヴァルム王国を飛んでいる間もリードヴァルム王国に入ってからも人々は熱狂的に手を振っていた。
ヴェルヴァルム王国の王女とリードヴァルム王国の国王の結婚は両国中に周知されていたし竜たちの飛行経路も発表されていたから竜たちが通るであろう地域の人々は期待をもって空をみあげていた。
そうしてリードヴァルム王国の王都に到着する。
眼下に見える街はお祭りムード一色だ。通りは花々で飾られ人々は喜び踊りまわったり跪いて祈りをささげていたり。歓声もひっきりなしに聞こえてくる。
一年前の光景とは全く違う華やかな街を見ながら新たに作られた王宮の西の竜場に着陸する。
王宮で一泊した後、次の日は王都をオリヴェルト様とお母様がパレード、そうして夕刻の披露宴でお母様とオリヴェルト様の結婚と共に私のことも紹介された。
王宮のバルコニーから王宮前広場に集まった民衆に手を振った。
私はすんなりとこの国の人達に受け入れられた。やはり白竜、ルーナの存在が大きい。一年前、オリヴェルト様たちの軍勢を守護するように飛んでいた白竜と黒竜の姿を人々は忘れていなかった。
この国は建国したばかり。宴に出席した人はヴェルヴァルム王国に比べて格段に少なく若い令嬢などもそんなに見当たらない。新たに領主や国の幹部になった人は地方領主半分、能力を買われて取り立てられた平民半分だそうである。
ヴェルヴァルム王国に比べれば宮廷の作法もおぼつかない彼らは瞳だけは希望に燃えている。
私はまた一から人脈作りだ。
大丈夫、学院に入学したときも王宮暮らしを始めた時も不安でいっぱいだった。でも期待もあった。
そしてその都度私は得難い人たちを得ることが出来た。大切な人たちがたくさんできた。だからこのリードヴァルム王国でも沢山の素敵な人たちと知り合って仲良くなれると信じている。
宴が終わった次の日、ジークたちがヴェルヴァルム王国に帰る。
本当に本当にさよならだ。
朝起きた時から涙が止まらない。
新しく私付きとして紹介されたメイドたちが水分補給の飲み物を何度も持ってきてくれた。
泣きすぎてぐずぐずの顔をメイドたちが何とか見られるように整えてくれて私はリードヴァルム王国の王宮の竜場に立っている。
「ヴィヴィ、そんなに泣かないで。離れていてもどこに居ても君は僕の最愛の妹だ。僕は君が望む事なら何でも叶えるよ。困ったことがあったら何でも相談して。手紙待っているから」
フィル兄様は私を抱きしめて頬にキスを一つ落とした。
「ヴィヴィ、俺は兄上みたいにこっぱずかしいことは言えないけど俺もお前の事は妹だと思っている。ジークの事は任せてくれ。危険からも守るし令嬢たちの誘惑からも守るよ。それから……あーーナターリエとの結婚式の時は帰国してくれるんだろう? 待っているぞ」
エル兄様は顔を真っ赤にしてそう言うと優しくハグをしてくれた。
それから私の護衛騎士たちに......って……ん?
彼らは竜もこの場に呼んでいなければ旅支度もしていない。しれっと私の後ろに立っている。
「アロイス? リーゼロッテ? 急がなくていいの? 私の護衛より帰り支度をしなくちゃ」
「お供します」
アロイスの言葉で五人全員が騎士の礼をする。
「?」
「あーーコホン、三年間ヴィヴィ様のお供をします。国王陛下にも父にも許可はいただいています」
「何だ、ヴィヴィ知らなかったのか?」
アロイスの返事を聞いてびっくりしている私にエル兄様が追い打ちをかける。
知らなかったわよ!! アロイスもみんなも何にも言わなかったもん。
発端はアロイスで、リードヴァルム王国でも私の護衛を続けられるかとフーベルトゥス騎士団長に聞いたことから、こちらの国と協議がなされ、アロイス以下五名は私の護衛兼護衛騎士の指南役としてリードヴァルム王国に滞在することになったとか。
リードヴァルム王国はいろいろな人材が足りない。トシュタインの王族の護衛騎士などは軒並み処罰されている。賄賂にまみれ鍛錬もおろそかにしがちだった護衛騎士たちだったが、宮廷の儀礼などは心得ていた。そういう者たちを排除してしまったので新しい人達を指導する人材が足りていないのだそうだ。王宮の侍女や侍従もそうで、ヴェルヴァルム王国の王宮や高位貴族から指導者を借り受けることになっているらしい。
もちろんこの国の貴族がみんないなくなったわけじゃなくて、真っ当な領地経営をしていた貴族や、、オリヴェルト様の軍に賛同した地方領主など半数以上の貴族は残っている。宰相のバルドヴィーノ・ロヴェーレ侯爵みたいにね。だけど圧倒的に数が足らない。新しく功績をあげて新興貴族になった人たちや陞爵された地方領主たちと旧貴族との調整も大変で、人材が足りない王宮使用人の育成はヴェルヴァルム王国に頼ることにしたみたい。
侍女や侍従たちは貴族もいるが平民もいるので馬車で後日来るらしいが、護衛騎士たちは私と一緒にリードヴァルム王国に来るのでそのままここに滞在するそうだ。
「アロイス……」
感激して抱き着こうとした私は見事に躱された。
「ヴィヴィ、この国では絶対に絶対に無闇に抱き着いてはいけない。女性は許可するが男性は絶対いけない。年寄りでもだ。約束できるね」
ジークが私の腰を後ろから引き寄せながら怖い笑顔で言う。
失礼な! 私だってむやみやたらと男性に抱き着こうとしたりはしない。
……という抗議は今アロイスに抱き着こうとした行動の前には全く信頼性がない。
……ごめんなさい。反省します。
私は人と滅多に触れたりしない貴族女性の中では規格外だ。感激すると男性女性構わず抱き着いたり手を握ったりしてしまう。人と触れ合うことが好きなのだ。
でもジークの婚約者として節度ある行動をとらなければ。
「約束します」
ジークの言いつけ通り抱きつくのはリーゼロッテにした。リーゼロッテだけじゃなくてみんなに喜びとお礼を身体で伝えたいけれど、その分リーゼロッテにぎゅうぎゅう抱きついた。
だけどいいの? 一応三年って陛下に言われているけれどもっとかかるかもしれない。私の護衛は二人が妻帯者で三人が独身。貴重な婚活時期を私に付き合って逃したら勿体ない。それに妻帯者も一人は新婚でもう一人は子供が生まれたばかりじゃなかったかしら。
「私の妻は王宮侍女の指南役としてこちらの国に後日来ることになっているので」と新婚のヤーコブ。
「家族手当や邸宅もお世話していただけるので家族もこちらに来る予定です。ヴェルヴァルム王国からの出張手当とリードヴァルム王国からのお給料を貰えるので侍女や侍従の応募者もかなり多かったようですよ」と妻子持ちで一番年長者のヴェルレ。
「アロイスは? お見合いしたご令嬢と婚約したんじゃなかった?」
アロイスがお見合いしたのは一年前。ヴェルヴァルム王国の、特に男性の結婚適齢期は長いけどもうすぐ三十になるアロイスは身を固めた方がいいんじゃないかしら。
「ヴィヴィ様知らなかったんですか? もうとっくに―—」
慌てたヤーコブに口を塞がれたブルックは、アロイスが無口過ぎるとお見合いしたご令嬢に振られてからよく喋るようになったそうだ。
うん、私も近頃ブルックはよく喋るようになったと思っていたのよ。一年前はアロイスに憧れて無口だったのにね。そのブルックは意中の令嬢がリードヴァルム王国駐在大使のビュシュケンス侯爵家の侍女で、リードヴァルム王国に旅立った時に振られているんだけど、リベンジに燃えているらしい。
バツが悪そうにアロイスが視線を外したその視線の先にはリーゼロッテ。
そうよ、リーゼロッテだって婚活しなきゃ。私にくっついてリードヴァルム王国に来ている場合じゃない。
「リーゼロッテは——」
言いかけて私は言葉を飲み込む。あーー、そういうことね。
ちょっと顔を赤らめるリーゼロッテと耳を赤くしながら私にどう言おうか迷っているアロイスを見て私は察した。
察しちゃいましたよ。私は鈍感じゃありませんからね。
とまあ護衛騎士たちとのやり取りで朝から止まらなかった私の涙はすっかり渇いたのだった。
それから後日の事だが、ジークとの約束があったのでオリヴェルト様のハグを拒んだら泣かれた。オリヴェルト様はジークに許可を貰い私のハグ権を得た。「父親なのに……」とブツブツ言っていた。
「ジーク……」
ジークに腰を引かれ抱き寄せられた私はジークの胸に向かって呟く。
「絶対絶対ジークのお嫁さんになるから。待っていて……」
「ああ、もちろん待っているよ。身体に気を付けて。危ない事は……しないでって言ってもヴィヴィは色々な事に首を突っ込んでいくだろうから……うーーん……そうだな、危ないことをしたら僕は心配で胃に穴が空くかもしれない。または心配で禿げるかもしれない。三年後に五体満足の僕と結婚したかったら危険な事は控えてね」
「しないわ! 危ない事なんて!……たぶん」
私はジークの胸から顔を上げて抗議したけれどだんだん自信がなくなってきた。
「危険だと思うことには首を突っ込まない……ように努力するわ。でも首を突っ込んだ後で危険になっちゃったら……ごめん。でもジークのお嫁さんになるまで死んだり怪我したりしないから。安心してね!」
「不安しかない……」とジークが呟いた。
良かった。しんみりしなかった。朝から泣き続けてここでまた泣いたら目が開かなくなったかもしれない。泣きすぎて不細工な顔でジークと別れなければならなかったかもしれない。さっきの護衛騎士たちとのやり取りに感謝。
笑ってお見送りしたい。
「じゃあ……行くから。……またねヴィヴィ」
「うんまたねジーク。フィル兄様とエル兄様もお元気で」
私はジークと離れる。
竜騎士の皆さんは既に竜に乗って待っている。
ジークはエル兄様、フィル兄様と竜の方に歩きかけ急に引き返した。
「忘れ物」
そう言って私を引き寄せ唇にキスを落としジークは今度こそ去って行った。
竜たちが空に舞い上がる。
王都の上空を旋回しやがて隊列は北東の空に消えていった。
私はその姿をいつまでも見送っていた。
その姿が蟻のように小さくなっても見えなくなってもいつまでも見送っていた。
次回最終話です。




