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第2話「絶望の配信と、通りすがりの清掃員」


最悪だ、と天海しずくは思った。

配信用のヘルメットカメラが、じっとこちらを見ている。同接は今日も百万人を超えていた。

なのに今、自分は死にそうだった。

「み、みなさん……これ、ちょっとやばいです」

声が震えている。

しずくの眼前には、全長二十メートルを超える漆黒の竜がそびえ立っていた。

翼を広げるたびに暴風が吹き荒れ、咆哮ひとつで壁にひびが入る。

Sランク指定モンスター――『厄災の魔竜』。

ダンジョン協会の資料では「遭遇した場合、即時撤退せよ」の一文で終わっている。

「うそ……なんでSランク迷宮に……転移罠なんてどこにあったの……」

コメントが滝のように流れていく。

嘘だろ……

Sランク魔竜とか絶対無理!!

しずくちゃん逃げてええええ

転移罠バグじゃん運営なんとかして

詰んでる

詰んでるよこれ

わかってる、としずくは思った。

Aランクの自分でも、Sランクモンスターは格が違いすぎる。

逃げ道はない。壁は三方向。後ろには魔竜の尾が壁を塞いでいる。

「……ごめんなさい、みんな」

しずくは静かに目を閉じた。

魔竜が深く息を吸う音が聞こえた。

来る。

「っ――」

ブレスが放たれる、その刹那。

「あーあ、またこんなでけぇ粗大ゴミ散らかして」

気の抜けた、ひどく眠そうな声が響いた。

しずくは反射的に目を開けた。

炎の奔流が、止まっていた。

正確には――誰かの、右手に、吸い込まれていた。

「熱っ。やめろよ迷惑な」

男が、ぼそりと言った。

薄汚れた作業着。肩には清掃会社のロゴ。頭には埃のついたキャップ。

年齢は自分と同じくらいだろうか。ひどく疲れた目をしていた。

男は魔竜を見上げて、小さくため息をついた。

「燃えないゴミはちゃんと分別しろよな」

魔竜が怒りで全身を震わせる。

地鳴りのような咆哮。再び広がる翼。岩壁がびりびりと共鳴し、天井から破片が降ってくる。

男は面倒くさそうに右手の人差し指を立てた。

「じゃ、ちゃちゃっと処理しますね」

デコピンを、放った。

魔竜が、消えた。

音もなく。煙もなく。断末魔すらなく。

全長二十メートルの厄災が、ただの静寂に変わった。

男は手をはたいて、ぼそりと呟いた。

「分別できないゴミは仕方ないな」


しずくは、固まっていた。

口が開いたまま、声が出なかった。

配信のコメントも、一瞬だけ止まった。

その後。

は?

は?????

今何が起きた????

待って待って魔竜がワンパン??

ワンパンwwwwwwwwww

デコピンて

デコピンて!!!!!!

あの清掃員のおっさん誰!?

神じゃん

神すぎる

おっさん待って結婚して

同接200万超えたんだが

コメント欄が大爆発した。

しずくはなんとか口を動かした。

「あ、あの……」

男がこちらを振り向く。

「……え、人いたの?」

「い、いました! めちゃくちゃいました! 危なかったんですよ私!」

「あ、そっか。災難でしたね」

棒読みだった。

すでに興味を失ったような目で、男は踵を返した。

「ちょっ、待ってください! 名前くらい……!」

「影山です。清掃員の」

「えっ、清掃員!? なんで清掃員がSランク迷宮に!?」

男――影山は少し考えるように首をかしげた。

「ストレス発散」

「は?」

「残業代も出ないし、帰ろ」

それだけ言って、男は暗い通路の奥へと消えていった。

薄汚れた作業着の背中が、闇に溶けていく。

しずくはしばらく呆然とその場に立ち尽くしていた。

コメントはまだ爆発し続けていた。

影山さん待って!!!!

ストレス発散でSランク来てるの頭おかしい(褒め言葉)

清掃員最強伝説始まった

しずくちゃんの顔wwww

今日の配信一生忘れない

「残業代も出ないし」に全部持ってかれた

「……私の配信、どうなるんだろう」

しずくは静かにそう呟いて、消えた男の背中があった場所を、ただぼんやりと見つめていた。

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