第7話 心が動く瞬間を見せて
放課後の科学部室は、いつもより静かだった。
光も、音も、霧も、触覚も──
すべての装置が整然と並び、
まるで“本番”を待つ舞台のように息を潜めている。
達也は最後の配線を締め、工具を置いた。
「……できた」
その声は小さかったが、確かな熱を帯びていた。
「達也、ほんとに……完成したの?」
「うん。紗香、試して」
「え、私が……?」
「最初に見てほしい」
紗香は胸が熱くなるのを感じた。
(……ずるい。
そんな言い方されたら、断れない)
部室の照明が落ちた。
次の瞬間──
霧がゆっくりと足元から立ち上がり、
光が脈打つように揺れ始めた。
ふわ……
ふわ……
霧の粒子が光を反射し、
空間が“呼吸している”ように見える。
「……きれい……」
「ここから」
達也がスイッチを押す。
耳元で、かすかな囁き声のような音が流れた。
右から──
左から──
背後から──
そして、すぐ近くから。
「ひっ……!」
紗香は思わず達也の腕を掴んだ。
その瞬間、足元にふわりと風が触れた。
「な、なにこれ……!」
「触覚。
“見えないものに触れられる”と、人は驚く」
「驚くってレベルじゃないよ……!」
紗香の声は震えていた。
でも、逃げようとはしない。
(怖いのに……嫌じゃない)
霧が濃くなり、光が揺れ、
音が空間を走り、
風が肌をかすめる。
五感が揺さぶられるたびに、
紗香の心臓が跳ねた。
「……達也、これ……」
「紗香の“心が動く瞬間”を全部集めた」
「っ……!」
紗香は言葉を失った。
達也は続ける。
「紗香が言った“驚かせて”を、
俺なりに全部やった」
「……全部って……」
「光も、音も、霧も、風も。
紗香が驚くなら、全部使う」
その言葉は、
どんな光よりも、どんな音よりも胸に響いた。
(……ほんとに……ずるいよ)
装置が静かに止まった。
霧が薄れ、光が戻り、
部室がいつもの姿に戻る。
紗香はしばらく言葉が出なかった。
「……達也」
「なに」
「すごかった。
怖いのに……きれいで……
なんか……胸が苦しくなる感じで……」
達也は紗香をまっすぐ見た。
「紗香の心、動いた?」
「……動いたよ」
その答えは、
達也にとって何よりの完成証明だった。
そこへ、クラスメイトが顔を出した。
「おーい達也ー、完成したってマジ?」
「紗香、どうだった?」
紗香は少し照れながら答えた。
「……すごかったよ。
ほんとに、すごかった」
「おー! 達也やるじゃん!」
「文化祭、絶対行列できるな!」
クラスは笑いながら去っていった。
紗香は達也の横顔を見た。
「……達也」
「なに」
「ありがとう。
私のために、こんなに……」
「紗香が驚くところ、見たかった」
「……っ」
紗香は胸に手を当てた。
(ほんとに……心が動いてる)
達也の“静かな狂気”は、
ついに完成した。




