第5話 最初の実験が始まる
放課後の科学部室は、昨日よりもさらに混沌としていた。
机の上にはセンサー、霧発生装置、LED、スピーカー、基板。
床にはコードが這い、まるで小さな研究施設だった。
「……達也、これほんとに中学生の部室?」
「中学生の部室だよ」
「いや、そうなんだけど……」
紗香は呆れながらも、どこか楽しそうに笑った。
「今日は何するの?」
「光の実験」
「やっぱりね……」
達也は淡々と説明を始めた。
「人間の視覚は、一定のリズムで揺れる光に反応する。
心拍と同期すると、胸がざわつく」
「ざわつかせなくていいよ……!」
「紗香が“心が動く”って言ってたから」
「……っ」
紗香は胸を押さえた。
(ほんとに……覚えてるんだ)
「電気消すよ」
「ちょっと待って心の準備……」
部室が暗くなる。
次の瞬間──
天井のLEDが、ゆっくりと呼吸するように明滅した。
ふわ……
ふわ……
光が脈打つたびに、空気が揺れるような錯覚が起きる。
「……なにこれ」
「“光の呼吸”。
脳が無意識にリズムを合わせようとする」
「なんか……落ち着かない……」
「紗香、今の顔……すごくいい」
「っ……!」
紗香は慌てて目をそらした。
(やばい……心臓に悪い)
そこへ、クラスメイトが顔を出した。
「おーい達也ー、進んでるかー?」
「なんか光ってるけど大丈夫?」
「紗香、巻き込まれてない?」
「巻き込まれてるよ!!」
紗香が叫ぶと、クラスは笑った。
「達也、がんばれよー。
今年の文化祭、科学部が一番話題になるって噂だぞ」
「期待してるからな、科学部」
温かい声。
軽いけれど、ちゃんと応援している。
達也は淡々と返した。
「うん。紗香が驚くやつ、作る」
「やっぱ紗香のためかー!」
「はいはい、そういうことね!」
クラスは笑いながら去っていった。
紗香は顔を真っ赤にした。
「達也……!
なんであんなこと言うの……!」
「事実だから」
「事実だけど……!」
「次、音の実験する」
「まだやるの!?」
「まだ始まったばかり」
達也はスイッチを入れた。
部室の四方から、かすかな囁き声のような音が流れた。
右から──
左から──
背後から──
耳元から──
「ひっ……!」
紗香は思わず達也の背中に隠れた。
達也はその気配を感じて、静かに言った。
「紗香、怖い?」
「こ、怖いよ……!」
「大丈夫。紗香が嫌がることはしない」
「……っ」
その言葉は、光よりも音よりも胸に響いた。
(……ずるい。
こんな言い方されたら……)
「今日はここまで」
「……助かった……」
「紗香」
「なに」
「明日も来てほしい」
「……なんで?」
「紗香の反応、参考になるから」
「……っ」
紗香は胸に手を当てた。
(ほんとに……心が動いてる)
達也の“静かな狂気”は、
確実に形になり始めていた。




