第10話 心が動いた理由
文化祭の喧騒が少しずつ薄れていく夕方。
科学部室の前にあった長い行列も、ようやく途切れた。
「……終わったね」
紗香が小さく息をつく。
「まだ一人、残ってる」
「え?」
達也は紗香を見た。
「紗香。
もう一回、入ってほしい」
「……っ」
胸が跳ねた。
でも、断る理由なんてどこにもなかった。
「……行くよ。
達也の作った世界、もう一度見たい」
達也は静かに頷いた。
部室の照明が落ちる。
霧が立ち上がり、光が脈打ち、
音が空間を走り、風が肌をかすめる。
何度目でも、心臓が跳ねる。
「……やっぱり、すごい」
「紗香の反応、前より落ち着いてる」
「そりゃ……二回目だし」
「でも、目が違う」
「……え?」
「さっきより、楽しそう」
紗香は思わず目をそらした。
(……なんでそんなこと言うの)
霧の中で、達也の声だけが鮮明に響く。
「紗香が楽しそうなら、それでいい」
「……ほんとに、ずるい」
装置が静かに止まり、
霧が薄れ、光が戻る。
紗香はしばらく言葉が出なかった。
「……達也」
「なに」
「今日ね、いろんな人が言ってたよ。
“すごい”“映画みたい”“中学生のレベルじゃない”って」
「そう」
「でも……」
紗香は達也をまっすぐ見た。
「私が一番すごいと思ったのは、
“私のために作った”ってこと」
達也の目が、わずかに揺れた。
「紗香が言った“驚かせて”を、
どうすれば形にできるか考えた」
「うん」
「光も、音も、霧も、風も。
全部、紗香の反応から作った」
「……知ってるよ」
紗香は笑った。
「だって、ずっと見てたもん」
廊下からクラスメイトの声が聞こえた。
「達也ー! お疲れー!」
「紗香も、お疲れ!」
「二人とも、いい感じだったぞー!」
紗香は顔を赤くした。
「……ほんと、みんな好き勝手言うんだから」
「否定しないの?」
「……否定、できないよ」
紗香は小さく息を吸った。
「だって……
今日一日、ずっと心が動いてたから」
達也は静かに言った。
「紗香」
「なに」
「心が動いた理由、教えて」
「……っ」
紗香は目をそらし、
でもすぐに戻した。
「……達也が、私のために作ったから」
その瞬間、
達也の表情が、ほんの少しだけ柔らかくなった。
「……そう」
「うん」
「じゃあ、これからも作る」
「え?」
「紗香の心が動くもの。
ずっと」
「……っ、もう……!」
紗香は呆れたように笑った。
「ほんとに……ずるいよ、達也」
でも、その声は
どこまでも優しかった。
夕陽が差し込む部室で、
二人の影が静かに重なる。
呆れながらも、
確かに、幸せだった。




