第4話 天空の石段
断崖都市の上層に、天空へ突き出す石の回廊がある。
マチュピチュの段々畑のように、石段が折り重なり、雲の下に遺構が眠っている。
観光客は多い。
けれど不思議と騒がしくない。
この星の大気は音を丸める。笑い声も足音も、遠くから聞くと“祈り”みたいに揺れる。
「高い……」
私が下を覗くと、軽い重力のせいで、恐怖より先に浮遊感が来た。
足元がふわりと持ち上がる。
公爵が、私の腕を掴んだ。
強くない。
落ちない程度に、確かめるみたいに。
「……危ない」
初めて、心配が声に滲んだ。
私は腕を引かなかった。
むしろ、その接触が“いま”を固定してくれる。
「大丈夫。……私、消えないって決めたから」
公爵の指が、少しだけ強くなる。
「決めても、仕組みは変わらない」
「じゃあ、仕組みに合わせて、私が好きにする」
そう言うと、自分でも驚くくらい落ち着いていた。
期限があるからこそ、迷いが減る。
怖いより、歩きたい。
回廊の先に、巨大な石造の門。
古代文明の環状構造物へ続く入り口だ。
門の上には、鈴の文様。
音が刻まれている。
「この文様……名前の書き方ですか」
公爵は頷いた。
「座標文。呼称を“形”にする」
「形なら、呼ばなくても……?」
公爵は、ほんの一瞬だけ口を結んだ。
「形も、固定だ。あなたの場合、固定が擦り減る可能性がある」
つまり、見られるだけでも危険。
私は胸の奥が冷えるのを感じた。
でも、そこで止まらない。
私は、星灯をひとつ取り出し、掌に握る。
「じゃあ、私は灯りで覚えます。形じゃなくて、温度で」
公爵が、私を見た。
何か言いたそうで、言えない目。
「……無茶だ」
「無茶じゃない。小さな工夫」
私は笑って、門をくぐった。
石の冷たさ、薄い風、遠くの共鳴。
世界遺産級の遺構が、静かに私を迎える。
(引き:遺構の管理官が告げる――「期限の終わりに“座標固定の儀式”が必要だ」と)




