冷血公爵
密書の内容
「……ほう」 玉座の間に、ルシアンの低い声が響いた。 側近たちは、主君のその一言に身をこわばらせた。
彼らは、ルシアンが「ほう」と言った時が、最も予測不能であることを知っている。
ルシアンは、リステン家からの密書を指で弾いた。
「皇太子を蹴って、俺に会いたい、か」 側近の一人が進み出た。
「公爵様。これは、罠です」
「罠?」
「リステン家は中立派の筆頭。皇太子アランが喉から手が出るほど欲しがっている財源です。その家の娘が、なぜ我らに?」
「皇太子殿下の婚約内示を保留、というのも怪しい。我らを油断させるための偽情報かもしれません」
側近たちの意見は「罠」一色だった。
※※※※※※※※※※※※※※※
側近たちの分析
「リステン侯爵が、娘をスパイとして送り込み、我らの内情を探ろうとしているのでは?」
「あるいは、皇太子アランの差し金か。あの男ならやりかねん」
ルシアンは、玉座に深く腰掛けたまま、目を閉じて側近たちの議論を聞いていた。
「公爵様、いかがなさいますか。当然、この申し出は拒絶なさるべきかと」
「……」 ルシアンは目を開けない。
側近たちは、それが主君の不快のサインであることを知り、口をつぐんだ。
静寂が広間を支配する。 やがて、ルシアンは静かに口を開いた。
「……アランの罠だとして、なぜリステン家(財力)という駒を、あの男が使う?」
※※※※※※※※※※※※※※※※
ルシアンの分析
「……と、申しますと?」
「アランは、俺を潰したい。それは事実だ。だが、そのために帝国一の財力を持つリステン家を、わざわざ危険に晒すか?」
ルシアンは立ち上がり、窓辺へと歩く。
窓の外には、雪に覆われた領地が広がっている。
「アランは、リステン家の財力を無傷で手に入れたいはずだ。その家の娘を、俺という『怪物』の元へ送るなど、アランのやり方ではない。リスクが高すぎる」
ルシアンの金色の瞳が、獣のようにギラリと光る。
「……つまり、これはアランの策ではない。リステン家が、独断で動いている可能性が高い」
「なっ……では、なぜ?」
「知らん。だが、理由は二つに一つ」
ルシアンは指を一本立てる。
「一つ。リステン侯爵が、娘の『皇太子妃』という未来に、アラン本人以上の価値を見出せず、娘を皇太子から遠ざけようとしている」
彼は二本目の指を立てる。
「二つ。その娘……エリアーナ・リステンが、よほどの『アバズレ』か『愚か者』で、皇太子にすら見捨てられそうになり、最後の賭けとして俺に媚を売ろうとしている」
ルシアンは、どちらにしても愉快だと、口の端を吊り上げた。
※※※※※※※※※※※※※※※
ルシアンの決断
「公爵様、しかし……」
「罠ならば、乗ってやるまでだ」
ルシアンは、側近の言葉を遮った。
「あの皇太子が、わざわざ『リステンの娘』という駒を使ってきた(と俺に思わせている)か、あるいはリステン家が本気でアランから離反しようとしているか。どちらにせよ、帝都でよほど都合が悪いことが起きている証拠だ」
彼は、玉座の間の壁に飾られた、父の世代から続くヴァレリウス家の紋章を見上げた。
アランの父である現皇帝によって、無実の罪で殺された、自分の両親を思い出す。
「それに……」
ルシアンは、密書に記された「エリアーナ・リステン」の名を指でなぞる。
「皇太子の婚約者を横から奪い取る、というのは、なかなか愉快な余興だ」
彼は側近に向き直った。
「会ってやる。その女が、どれほどの覚悟で俺の前に顔を出すのか、見極めてやる」
ルシアンは、会談を受諾する旨の返信を、リステン侯爵家に送るよう命じた。




