魂を賭した決断
最後の希望と儀式の手順
大神官は瓦礫に体を預け、意識を保つのがやっとの状態だった。
私は彼の傍に膝をついた。
「大神官様。儀式の手順を、今一度」
「聖石は失われたが、この聖堂の聖印と、私の生命力を使えば、貴方たちの意識を、奴の結界の深層まで送り込める」
大神官は、苦しい息の下で儀式の手順を私に伝えた。
「だが、エリアーナ嬢。ルシアン公爵。忠告する。奴の結界の深層は、貴女の最も強い憎悪と、貴方の最も深い絶望を具現化した世界だ」
「わかっているわ。憎悪に満ちた私の記憶こそが、彼の力の源泉」
ルシアンは私の手を強く握った。
幻影の中で私たちを罵る民衆の声が聞こえる。
「もし、そこで貴女の憎悪が勝り、愛が敗れた場合。貴方たちの魂は結界に囚われ、悪魔王の永遠の糧となる」
大神官が警告した。
ルシアンは 剣を地面に突き立てた。
「俺は 帝国の王座など望まない。望むのはお前だ。お前がいない世界なら、魂などくれてやる」
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ルシアンとの別れ
「ルシアン。待って」
私は彼の冷たい手に、自分の手を重ねた。
「ルシアンの役目は、私の『盾』ではないわ。悪魔王の領域に入るのは私一人で十分」
「馬鹿を言うな」
ルシアンは鋭く私を制止した。
「俺は、お前の共犯者だ。最後まで共に戦う。憎悪の領域で、お前を支える盾が必要だろう」 「でも……」
「もし、俺がそちらに引きずり込まれたら、お前が俺を斬れ。その剣はお前の憎悪を断つ武器になる」
彼の真剣な目に、私は反論できなかった。
彼の存在こそが、私が憎悪に飲み込まれない唯一の希望だったからだ。
私は最後に、瓦礫の影に隠れているアンナと父の姿を探した。
「アンナ、お父様。 私たちの体が意識を失っている間、ここを守って」
「エリアーナ様……私たちは信じています」
アンナは涙を流しながら、強く頷いた。
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儀式の開始
大神官は、崩れ落ちた祭壇のわずかに残った聖石に、私たちの手を置かせた。
「さあ、始めよう。貴方たちの魂を分かち合うのだ」
大神官が詠唱を始めると、聖石から穏やかな光が溢れ出し、帝都を覆う黒い瘴気と対立した 。
光と闇がぶつかり合う中、私とルシアンの体の感覚が薄れていった。
「エリアーナ」
ルシアンが私の名を呼んだ。
その声が遠い。
「俺は、お前を信じる。お前の中の愛を信じる」
「私もよ。ルシアン。あなたの愛こそが、私を救う最後の武器だわ」
光が強まる。
意識が深淵へと引きずり込まれる。
ルシアンの温もりだけが、私を現実世界に留める最後の砦だった。
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魂の領域へ
意識が肉体から離脱した。
私は、まるで水の底に沈むように暗闇を漂った。
ルシアンの手に引かれ、二つの意識は一つに繋がっている。
目の前の闇が、晴れていく。
最初に感じたのは、肌を刺すような冷たさ。
鼻をつく血の匂い。
そして遠くから聞こえる狂気的な歓声。
そこは、憎悪の世界。
雪が降りしきる広場だった。
目の前には黒くそびえ立つ断頭台。
そして、観衆に囲まれた処刑台。
幻影の世界で再現された私の「始まりの景色」だった。
「ルシアン、見て。 あれが……」
私が言葉を発するよりも早、 処刑台に横たわるのは 縄に縛られた「私」の姿だった。
そして、その横には憎悪と嘲笑に歪んだ顔をした、イザベラとアランが 立っていた。




