悪魔の愉悦
イザベラの「最期」
「……ルシアン! しっかりして!」
私は、瘴気に蝕まれ、倒れ込んだルシアンの体を抱きかかえた。
「……大神官様! 彼を、ルシアンを助けて!」
「……うむ」
大神官が駆け寄り、ルシアンの額に手を当てる。
「……悪魔の、呪いだ。……聖水を! 早く!」
神官たちが慌ただしく動き出す。
私はルシアンの手を握りしめた。
(……私のせいで)
(笑が、復讐を躊躇った、せいで)
(……この人が死ぬかもしれない)
私はもう一体の「亡骸」に目をやった。
イザベラ。
彼女は心臓を貫かれ、その爛れた顔は、驚愕と憎悪に満ちたまま絶命していた。
(……これで本当に良かったの?)
(私の復讐は、これで終わったの?)
私の心には、達成感も安堵もなかった。
ただ、ルシアンを失うかもしれないという「恐怖」だけが渦巻いていた。
※※※※※※※※※※※※※※※
悪魔王の「誤算」
同時刻。魔界。
悪魔王は、玉座で忌々しげに舌打ちをしていた。
「……あのクソ女め。……使えん」
イザベラに最後の「力」を与え、エリアーナと相討ちさせるか、あるいは大聖堂ごと吹き飛ばし、帝都を大混乱に陥れるはずだった。
だが結果はどうだ。
イザベラは死んだ。
大聖堂は無事。
そして、何よりも気に食わないのが。
「……ルシアン。……あの男」
悪魔王は、ルシアンがエリアーナの「代わり」にイザベラを殺した瞬間を思い出していた。
(……エリアーナの『憎悪』が足りぬと思ったが)
(……あの男の『愛』が、俺の『憎悪(の計画)』を上回っただと?)
馬鹿馬鹿しい。
愛だの、信頼だの、そんな「不確定」なものが、純粋な「憎悪」に勝つなどありえない。
(……だが、イザベラは失った)
(……エリアーナの魂は、『愛』に汚染され、もはや、俺の『糧』にはなりそうもない)
悪魔王は、盤面を見つめ直した。
※※※※※※※※※※※
悪魔王の「次の手」
(……まだだ)
悪魔王は新たな「駒」に目をつけた。
(……アラン)
皇太子、アラン。
彼は今、大聖堂の外で、イザベラが中に入ったまま、何の音沙汰もなくなったことに焦れている。
(……あの男は、どうだ?)
(プライドは高い。……だが、エリアーナに負け続け)
(イザベラ(聖女)を失い)
(世継ぎ(子供)も失った)
(……その『絶望』は、なかなか、美味そうだ)
悪魔王は、エリアーナとルシアンを直接潰すのをやめた。
(……アランを使おう)
(イザベラに与えた、あの「力」を、今度は、アランに与えれば)
(……あの男なら、プライドを守るため、喜んで俺の手先となるだろう)
悪魔王は、エリアーナとルシアンへの「苛立ち」を、アランという「駒」を使って晴らすことに決めた。
(……見ていろ、エリアーナ)
(お前が、憎悪を捨てた、その『代償』を)
(お前が愛を選んだ、その『罰』を)
(……今度は、アランが、お前に与えてくれるだろう)
悪魔王は満足そうに笑みを浮かべた。
※※※※※※※※※※※※※※※※
開かれた「門」
大聖堂の大広間。
ルシアンは、大神官の「聖水」による懸命(けな治療により一命を取り留めていた。
だが悪魔の「呪い」は、深く、彼の意識は戻らない。
「……ルシアン。……死なないで」
私は、彼の冷たい手を握りしめていた。
その時。
「……エリアーナ様!」
神官が、血相を変えて走ってきた。
「……外で、アラン殿下が……!」
私は、ハッとして顔を上げた。
(……そうだった。まだ終わっていなかった)
私は、ルシアンを神官たちに任せ、大神官と共に、大聖堂の「門」へと向かった。
外ではアランが軍隊を前に叫んでいた。
「……イザベラは、どうした! 魔女め!余の聖女をどうした!」
アランはまだ、イザベラが「聖女」だと信じている。
「……大神官様。……門を開けてください」
「……エリアーナ嬢。……正気か」
「……ええ」
私は、覚悟を決めた。
「……イザベラの『真実』を、民衆とアランに見せるときです」
大神官は、頷いた。
ギィィ……。
再び、大聖堂の「門」が開かれる。
門の外にはアランと五万の軍勢。
そして、帝都の全民衆。
門の内には、私と大神官。
そして。
神官たちに運ばれてきた悪魔の力(瘴気)が消え、ただの醜い亡骸となったイザベラの体が横たわっていた。
「……な……」
アランが、その変わり果てたイザベラの姿を見て絶句した。
「……イザベラ?」
民衆も息を呑んだ。
(……あれが聖女様?)
私は、一歩、前に出た。
「……アラン殿下。……これが、貴方が愛した『聖女』の正体です」
私の声が、静まり返った広場に響き渡った。




