ルシアンの決断
エリアーナの「迷い」
「……たすけて、エリアーナ様」
イザベラのか細い声が大聖堂に響く。
彼女はもはや、魔力も美貌も失い、ただ、床を這いずり回る、哀れな存在となっていた。
『破魔の鏡』の光が、彼女の最後の生命力を奪おうとしている。
(……殺るのよ、エリアーナ)
(こいつは、あなたを、裏切った)
(こいつは、あなたの、子供(1周目)も、奪った……いや、待って、1周目、私に子供は……)
(……違う。イザベラが、アランの子供を……)
頭が、混乱する。
憎悪と、憐憫が、私の中で激しくぶつかり合う。
『殺せ! 殺せ!』
悪魔王の声が頭の中で反響する。
「……エリアーナ! 鏡の光を止めさせるな!」
大神官の声も飛ぶ。
「……エリアーナ!」
ルシアンが私の腕を掴んだ。
「……しっかりしろ! お前は復讐すると誓っただろう!」
「……」
「……私は……」
私は、わかっていた。
ここで、イザベラを殺さなければならない。
これが復讐だ。
でも。
(……この哀れな姿は、何?)
(私が、望んだ復讐の終わりは、こんな、こんな一方的な嬲り殺しだったの?)
(違う。私はあいつらに、私と同じ『絶望』を……)
私が、答えを、出せずに、立ち尽くしていた、その時。
※※※※※※※※※※※※※※※
イザベラの「最後の力」
「……フ……フフフ」
床を這っていたイザベラが急に笑い出した。
「……エリアーナ様。……優しいのね」
「……!」
「……1周目と同じ。……あなたはいつもそう」
(……! 1周目!?)
(なぜ?あなたが、なぜその言葉を……!?)
「……悪魔王様が、教えてくださったわ。……あなたが、私ちを殺すために『戻ってきた』のだと」
「……!」
イザベラが爛れた顔を上げた。
その瞳にはもはや哀れさはなく。
私への純粋な「憎悪」だけが残っていた。
「……だがエリアーナ様。……あなたも終わりよ」
「……何?」
「……私は、死ぬ。……だが、道連れだわ」
イザベラは、自分の心臓に残った最後の「魔力」を集中させた。
悪魔王から与えられた、あの「生命力」を吸い取る力。
「……私の全ての『命』と引き換えに。……この『大聖堂』ごと吹き飛べ!」
「……!?」
イザベラが、自爆しようとしている!
彼女の体から、制御を失った黒い瘴気が、嵐のように溢れ出した!
「……いかん!」
大神官が叫ぶ。
「……鏡の力を最大にしろ! 瘴気を抑え込め!」
神官たちが必死に、鏡に聖なる力を注ぐ。
光と闇が激突し、大聖堂が地震のように激しく揺れ始めた!
※※※※※※※※※※※※※※※
ルシアンの「決断」
ルシアンは、エリアーナの腕を引いた。
「……エリアーナ! 逃げるぞ! ここは、崩れる!」
「……でも! 大神官様が!」
エリアーナが叫ぶ。
大神官と神官たちは、イザベラの「自爆」を抑え込むため、その場から動けないでいた。
「……あいつらを見捨てろ!」
ルシアンはエリアーナを無理やり引きずろうとした。
「……いや!」
エリアーナはルシアンの手を振り払った。
「……大神官様は、私たちを守ってくれた! 見殺しにはできない!」
エリアーナはルシアンから離れ、大神官の元へ走ろうとした。
(……この馬鹿女が!)
ルシアンは舌打ちした。
彼はエリアーナの、そういう「甘さ」も「愚かさ」も全て知っていた。
(……憎悪に、徹しきれない、甘ちゃんめ)
(だが)
(……そこが、お前を、選んだ、理由だ)
ルシアンはエリアーナを追うのをやめた。
彼はエリアーナではない。
彼は憎悪のために生きてきた男だ。
彼は迷わない。
ルシアンは、崩れた自分の剣の、折れた「切っ先」を拾い上げた。
そして、イザベラの「自爆」を抑え込もうと必死になっている、エリアーナと大神官の、背後から。
イザベラの元へ走った。
※※※※※※※※※※※※※※※
復讐の「代行」
「……ルシアン!?」
私は、自分を追い越してイザベラの元へ走っていくルシアンの背中を見た。
「……イザベラ!」
ルシアンが叫ぶ。
「……!」
瘴気の中心で、苦しんでいたイザベラが顔を上げた。
ルシアンは、イザベラの暴走する「魔力」の嵐の中心に躊躇いなく飛び込んだ。
「……ぐっ……!」
ルシアンの、体が、黒い瘴気に触れ、皮膚が焼ける。
だが彼は止まらなかった。
「……お前の相手は俺だ」
ルシアンはイザベラの目の前で止まった。
「……エリアーナを呪う、その『命』。……俺が代わりに絶ってやる」
「……あ……」
ルシアンは、その折れた「剣」の切っ先を、イザベラの心臓に深々と突き立てた。
「……が……」
イザベラの目が見開かれた。
彼女の体から溢れていた、黒い瘴気がピタリと止まった。
「……ルシアン……」
※※※※※※※※※※※※※※※
イザベラは自分を刺した男の顔を見つめ、そして、ゆっくりと崩れ落ちた。
「……ルシアン!」
私は彼に駆け寄った。
ルシアンもイザベラの瘴気に当てられ、片膝をついていた。
「……馬鹿な女だ。……お前は」
彼は私を見上げ、血反吐と共に笑った。
「……これで、お前の『迷い』は消えたか?」
「……!」
(……私が、殺せなかった、イザベラを)
(私が躊躇った復讐を)
(……この人が、私に代わって……?)
私は、イザベラの亡骸と、瘴気に焼かれ、苦しそうに息をするルシアンを交互に見つめた。
そうして、ただ立ち尽くすことしかできなかった。




