破魔の鏡
聖堂の対峙
大聖堂の大広間。
外のアランの軍隊や、民衆の喧騒が嘘のように静まり返っている。
高い天井から、ステンドグラスの光がイザベラ(白)と、私(黒に近い乗馬服)の二人を、対照的に照らしていた。
「……やっと、二人きりになれましたわね、エリアーナ様」
イザベラが私を見て、うっとりと微笑んだ。
彼女のその美しさは、もはや人間のものではなかった。
悪魔王の力を、取り込んだ彼女の肌は陶器のように白く、その瞳は、狂気的な光を宿している。
「……イザベラ。……あなた、自分が何をしているのかわかっているの」
「……わかっていますわ。……わたくしは、『正義』を執行するのです」
彼女は、アランや民衆の前で見せる「か弱い聖女」の演技をやめていた。
「……あなたさえいなければ。……アラン様も、民衆も、私だけを見てくれる」
「……あなたは悪魔に魂を売ったのね」
「……!」
イザベラの笑みが消えた。
「……何を……言って……」
「私には、わかるわ。……あなたから、私を回帰させた、あの者と同じ匂いがする」
「……かいき?」
イザベラは、私の言葉の意味がわからないようだった。
※※※※※※※※※※※※※※※
イザベラの「力」
「……もう、どうでもいいわ」
イザベラは考えるのをやめたようだった。
「……ここであなたを殺めれば、全て終わる」
イザベラが、私に向かって手をかざす。
「……!」
ルシアンが、私の前に剣を構え立ちはだかった。
「……ルシアン公爵。あなたも『魔女』の味方なのですね」
「……黙れ。その、禍々しい力。……それがお前の正体か」
「……ええ、そうよ!」
イザベラが叫ぶ。
「これは、私の『力』! あなたも、エリアーナも、ここで消えなさい!」
イザベラの手から黒い「瘴気」のような魔力が放たれた。
ドゴォォン!
ルシアンがそれを剣で受け止める。
だが、ルシアンの鋼鉄の剣が、瘴気に触れた途端、錆びてボロボロに崩れ始めた。
「……! なんだ、これは!」
ルシアンが驚き、後ろへ飛び退く。
「……フフフ。……私の力は、『生命力』を吸い取る力。……金属も、人間も、関係ないわ」
イザベラは高笑いした。
「……大神官! ルシアン! 今よ!」
私は、叫んだ。
※※※※※※※※※※※※※※※
破魔の鏡
私の合図と同時。
私たちが隠れていた祭壇の、両脇から、大神官と、彼が率いる数十人の神官たちが姿を現した。
彼らは全員、巨大な「鏡」を持っていた。
「……!」
イザベラが、その、おびただしい数の「鏡」に一瞬、怯んだ。
「……な、何を、する気だ……」
「……イザベラよ」
大神官が、中央の最も大きな「鏡」……『破魔の鏡』を、イザベラに向けた。
「……その、悪魔の力を、神の御前で、晒すがいい!」
「……!」
神官たちが、一斉に詠唱を始めた。
大聖堂の「聖気」が、鏡に集束し、眩い「光」となって、イザベラに降り注いだ。
「……いや……」
イザベラが、その「聖なる光」に触れた瞬間。
「……あああああああああああああ!」
イザベラが絶叫した。
彼女の、陶器のようだった美しい肌が、まるで、酸で焼かれたように、爛れ始めた。
「……あつい! 痛い! やめて!」
彼女が苦し紛れに放った「黒い瘴気」は、『破魔の鏡』に吸い込まれ、霧のように消滅した。
「……これが。……これが、あなたの『正体』よ。イザベラ」
私は爛れていく彼女の姿を冷たく見下ろした。
※※※※※※※※※※※※※※※
エリアーナの「葛藤」
「……あ……ああ……」
イザベラは自分の両手を見た。
そこには美しかった彼女の手は無い。
悪魔の力、魔力が暴走し、皮膚が黒く変色した、まるで「怪物」のような手があった。
「……いや……いやああああああ!」
イザベラは、自分の変わり果てた姿に絶叫した。
(……これが、『破魔の鏡』の力)
(悪魔の力を暴走させ、術者の生命力を奪い返す)
イザベラは、もはや聖女ではなく、醜い、一匹の化け物へと変わり果てようとしていた。
(……これで、終わる)
(彼女の「正体」を、外で待つアランと、民衆に見せれば)
(私たちの勝利だ)
そう思った。
だが。
「……たすけて」
イザベラが爛れた顔で、私に手を伸ばした。
「……たすけて……エリアーナさま……」
その声は、1周目に私が、処刑台に向かう時に彼女がアランの腕の中で見せた「嘲笑」ではなかった。
私が、まだ彼女を「親友」だと信じていた頃の、あの、か弱い「イザベラ」の声だった。
私の、足が、止まった。
(……何を、今更)
(こいつは、笑を殺した女)
(こいつは、私から、全てを奪った女)
(……ここで、こいつを、見殺しにすれば、私の、復讐は……)
『……殺せ』
悪魔王の、声が、頭に、響いた。
『その女を殺せ。……憎悪を思い出せ』
「……エリアーナ! 何をしている!」
ルシアンの声も聞こえる。
私は、目の前で苦しみ、死にかけているイザベラと。
笑の中の「憎悪」と。
板挟みになり、動けなくなってしまった。




