悪魔王の苛立ち
悪魔王の「誤算」
魔界。
悪魔王は、玉座で人間界の「盤面」を不機嫌そうに眺めていた。
(……つまらん)
計画は順調だったはずだ。
エリアーナを回帰させ、ルシアン(憎悪の塊)と接触させた。
二人の憎悪が、アランとイザベラを追い詰め、帝国を二分する「内戦」の火種は撒かれた。
イザベラにも「力」を与え、憎悪の「代理戦争」を楽しもうとしていた。
(……だが)
悪魔王の最大の「誤算」。
それは、エリアーナとルシアンが「憎悪」で結びつくことをやめてしまったことだった。
(……あの大聖堂での告白)
(……『愛』だと? 『信頼』だと?)
悪魔王は吐き気をもよおした。
こういうときは、本当に吐いてしまう。
それくらい、「愛」だの「信頼」だのが嫌いだ。
「……くだらん」
憎悪こそが人間の最も純粋なエネルギーだと信じていた。
だが、あの二人は憎悪を「乗り越え」、別の「力」で結びついてしまった。
(……エリアーナの憎悪が薄れている)
(このままでは俺の『糧』が消える)
悪魔王は、エリアーナの魂との「繋がり」が、弱まっているのを感じていた。
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イザベラへの「投資」
悪魔王は、エリアーナという「駒」を半ば諦めた。
(……いいだろう。あの女が聖女ぶるというのなら)
彼は、もう一つの「駒」に、視線を移した。
(……イザベラ)
イザベラは今、大聖堂の前で民衆の「信仰」を集めている。
(……あの女はまだ使える)
(あの女の、エリアーナへの「憎悪」と、アランへの「執着」は本物だ)
悪魔王は、エリアーナに代わる「憎悪の供給源」として、イザベラを利用することに決めた。
「……力が欲しいか。イザベラ」
悪魔王は、大聖堂の前で「奇跡」を行使し、疲弊している、イザベラの精神に語りかけた。
(……あくま、さま……)
イザベラは、もはや彼を「天使」とは呼んでいなかった。
(……力が足りません。……大神官が、民衆が、まだあの女を信じている……)
「……くれてやる」
悪魔王は、自らの「魔力」を大量に、イザベラへ注ぎ込んだ。
「……!」
『その代わり、イザベラ。……お前はもう後戻りはできんぞ』
『お前のその「美貌」と、「正気」と、引き換えだ』
「……構わない」
イザベラは即答した。
「……エリアーナ様を殺せるなら。……アラン様がわたくしだけのものになるのなら!」
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イザベラの「変貌」
アランの帝都帰還まであと二日。
イザベラはその日も、大聖堂の門前で「治癒」の儀式を行っていた。
「……聖女様! どうか、わたくしを!」
「……この子を!」
民衆が彼女に殺到する。
「……ええ。ええ。……わたくしが救ってさしあげますわ」
イザベラは微笑んだ。
彼女が病人の額に手を当てる。
病人の病は確かに治った。
だが。
「……あれ?」
「……どうしたんだ、お前」
治癒された、元・病人の肌がまるで老人のように、カサカサに乾ききっている。
「……力が、抜ける……」
治癒されたはずの人間が、その場に崩れ落ちた。
「……!」
イザベラは気づかない。
彼女は悪魔王の力で、病人の「病」を治しているのではない。
その人間の「生命力」そのものを吸い取り、それを「魔力」に変えていたのだ。
「……次の方。……さあ、どうぞ」
イザベラのその瞳は、もはや聖女のそれではなく。
獲物を求める、飢えた「魔女」の瞳だった。
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狂気の「聖女」
大聖堂の鐘楼。
エリアーナとルシアンは、その「光景」を遠眼鏡で見ていた。
「……あれは」
ルシアンが息を呑んだ。
「……治癒じゃないわ。……あれは『略奪』よ」
エリアーナは、イザベラが悪魔王の本当の「手先」に堕ちたことを悟った。
「……ルシアン。大神官様」
エリアーナは決意を固めた。
「……もう時間がないわ」
「……ああ。あれを放置すれば、帝都の民が全てイザベラの餌食になる」
「……大神官様。計画を実行します」
「……うむ。……アラン殿下が帰還する明日」
「……明日、私たちが、この聖域から打って出ます」
「……」
「イザベラを、大聖堂の『内側』におびき寄せ、あの『破魔の鏡』で、彼女の『正体』を民衆の前で暴くのです」
エリアーナは、イザベラの狂気的な「変貌」を利用することに決めた。
(……イザベラ。私が、欲しいのでしょう?)
(……なら、明日、この聖域の中で決着をつけましょう)




