聖域への圧力
帝都への帰還
大聖堂の門前で、イザベラが「奇跡」のパフォーマンスを行った、まさにその日。
アラン率いる、帝国正規軍(北から反転した軍)が帝都に帰還した。
「……なんという熱狂だ」
アランは、帝都の民衆がイザベラを「聖女」と崇め、大聖堂を取り囲んで「魔女を引き渡せ」と叫んでいるのを、目の当たりにした。
(……勝った)
アランは確信した。
大神官がどれだけ「正義」を説こうとも、民衆は、目に見える「奇跡(イザベラの力)」を信じたのだ。
「イザベラ。よくやった」
アランは、祭壇から戻ってきたイザベラを強く抱きしめた。
「アラン様……。わたくし怖かった……」
イザベラは、アランの胸で、か弱く震えてみせた(悪魔王の力を使った疲労は、本物だったが)。
「もう、大丈夫だ。俺の軍が戻ってきた」
アランは、大聖堂を憎悪の目で見据えた。
「……大神官め。俺に逆らったことを後悔させてやる」
アランはイザベラの「奇跡」によって、民衆の支持が完全に自分にあると、信じ込んだ。
彼はエリアーナとルシアンを、引きずり出すための次の「一手」をためらわなかった。
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アランの「圧力」
アランは帝都の正規軍、総勢五万の全てに、大聖堂を完全に「包囲」させた。
今までは近衛兵による「封鎖線」だったが、今度は正規軍による、完全な「軍事包囲」だ。
「……大神官に最後通牒を突きつけろ」
アランはバートン伯爵に命じた。
「……『明日までにエリアーナとルシアンを引き渡さなければ、大聖堂への全ての『食糧』『水』『医薬品』の搬入を、永久に停止する』と」
「……はっ! よろしいのですか?殿下。……それは聖域への、明確な……」
「構わん!」
アランは叫んだ。
「民衆は我らの味方だ! イザベラ(聖女)の味方だ!」
「『魔女』を匿う大神官が、飢え死にしようとも、それは『神の罰』だ。……民はそう解釈する」
アランは、イザベラの人気を背景に強気だった。
彼は、大神官が聖堂内の、他の神官やシスターたちを飢えさせるわけにはいかず、必ず屈服すると信じていた。
(……どうだ、エリアーナ。お前の選んだ『砦』は、今や、お前を閉じ込める『牢獄』となったぞ)
アランは高笑いが止まらなかった。
※※※※※※※※※※※※※※※
大聖堂の「静寂」
アランの「最後通牒」は、大神官の元に届けられた。
大聖堂の内部。
エリアーナとルシアンは、大神官と共に、その「通牒」を読んでいた。
「……兵糧攻めか。アランの浅知恵だな」
ルシアンが吐き捨てる。
「……大神官様」
エリアーナが、大神官の顔を心配そうに見上げた。
「……わたくしたちのせいで、聖堂の皆さまを飢えさせるわけには……」
「……エリアーナ嬢」
大神官は、静かに目を閉じた。
「……わしは、アラン殿下を見誤っていた」
「……え?」
「あれほど愚かだとはな」
大神官は、アランの「通牒」を破り捨てた。
「……!」
「……エリアーナ嬢。ルシアン公爵。……この大聖堂の地下を、ご覧になられますかな?」
「……地下?」
大神官は二人を連れ、祭壇の裏にある、隠し階段へと向かった。
「アラン殿下は、忘れておられる」
「この大聖堂が、何のために、この帝都の一番高い丘の上に建てられたのかを」
大神官が、地下の重い扉を開ける。
そこには、信じられないほどの広大な「空間」が広がっていた。
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聖域の「真実」
「……これは」
ルシアンが息を呑んだ。
地下空間には、穀物の袋が天井まで積まれ、巨大な水瓶が何列にも並んでいた。
「……備蓄庫?」
「そうだ」
大神官は頷いた。
「この大聖堂は、帝都が敵に包囲された時のための、『最後の砦』として設計されている」
「……!」
「アラン殿下が北の軍を動かす、ずっと前から……いや、この帝国が建国されたその時から」
「……」
「ここには、帝都の全住民が、三ヶ月は、籠城できるだけの、『食糧』と『水』が備蓄されている」
エリアーナは、呆然とした。
(……1周目の、知識にもなかった)
(そうよ。わたくしは皇妃だったけれど、大聖堂の、こんな秘密まで知るはずがなかった)
「……アラン殿下は、もちろん、この『備蓄庫』のことはご存じないのですね?」
「うむ。知っているのは、皇帝と、わしだけだ」
大神官は、静かに笑った。
「……アラン殿下は、『兵糧攻め』をなさるそうだ」
「……」
「……よかろう。どちらが先に飢えるか。……見届けてやろうではないか」
アランが自信満々で放った「兵糧攻め」という圧力は、大聖堂の圧倒的な「備蓄」の前で、全くの「無意味」と化した。
エリアーナとルシアンは、アランが自らの「無知」によって、時間を浪費していくのを静かに見守ることにした。




