北への道
帝都への潜入
アランが、北の戦場で絶叫していた頃。
私とルシアンは、帝都の「南門」の前に立っていた。
私たちは東部を大きく迂回し、南部から北上するルートで、アランの軍とは一切遭遇することなく帝都にたどり着いた。
「……すごい、人の数ね」
南門はアランが正規軍を北に移動させたため、警備の兵士はほとんどおらず、代わりに南部の洪水から逃れてきた「難民」たちで、ごった返していた。
「……好都合だ」
ルシアンが私のフードをさらに深く被せ直した。
「この人混れに紛れれば、俺たちがルシアン・ヴァレリウスと、エリアーナ・リステンだとは誰も気づかん」
私たちは、顔を隠した「影」たちに護衛されながら難民の列に紛れ込み、あっけなく帝都の南門を通過した。
(……帰ってきた)
1周目、処刑されるために引きずられた、この道を。
2周目、アランから逃げるために脱出したこの都に。
(……今度は、わたくしの意志で、アランを討つために帰ってきた)
私の胸には恐怖はなかった。
あるのは、処刑台の、あの「始まりの景色」から続く冷たい決意だけだった。
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帝都の「噂」
帝都の内部も混乱していた。
アランと正規軍の。
そして、アランが流した「エリアーナ魔女説」と、それを打ち消した「バートン伯爵汚職説」がごちゃ混ぜになって、民衆を混乱させていた。
「おい、皇太子殿下は、北の魔女を討伐に行かれたんだとよ」
「馬鹿言え。ありゃ、皇太子殿下の側近の汚職隠しだろ」
「だが、イザベラ様(聖女)のお子様が呪い殺されたのは、事実らしいぞ……」
「……なんてこった。どっちが本当なんだ……」
民衆は何を信じていいか、わからなくなっていた。
(……いいわ。それでいい)
(アランへの信頼が、揺らいでいる。……イザベラへの信仰も絶対ではない)
私はルシアンと、人混みの中を進みながら、帝都の中心にそびえ立つ一つの建物を見据えた。
「……あれね。大聖堂」
白亜の巨大な、帝国の宗教の総本山。
1周目、私が皇妃だった頃に何度も祈りを捧げに来た場所。
(あの場所に、わたくしたちの「戦場」がある)
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大聖堂の門前
私たちが大聖堂の巨大な門の前にたどり着くと、「影」の一人が先行して、門番の神官と何事か交渉を始めた。
(……大丈夫。計画通りなら、門は開く)
私は、1周目の知識を思い出していた。
ここの「大神官」は、厳格な保守派だ。
現皇帝(アランの父)が、ルシアンの両親を処刑した時も「神の教えに反する」と、唯一公の場で異を唱えた剛直な人物。
アランが侍女を愛人にし、その子を「正統な世継ぎ」と宣言したことも、大神官は絶対に許容していないはず。
そして何より、アランが「呪詛」という、宗教的な罪状を、自らの政治闘争(私への勅命)に利用したこと。
(大神官は、アランの『神への冒涜』に、激怒しているはず)
(そこへ、わたくしたち(国賊)が『神の保護』を求めて逃げ込んできたら……)
ギィィ……と。
重い、重い、大聖堂の門が私たちのために、ゆっくりと開かれていった。
「……開いたわ」
「……ああ。お前の読み通りだ」
ルシアンが私の手を強く握った。
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聖域へ
門の内側から、厳格な神官服をまとった一人の老人が姿を現した。
彼こそが帝国の頂点に立つ、大神官その人だった。
「……ヴァレリウス公爵。並びに、エリアーナ・リステン嬢」
大神官は、フードを被ったままな私たちの顔を、知っているかのように静かに言った。
「……わたくしたちをご存知で」
私が尋ねると、大神官は深く頷いた。
「リステン侯爵から、全て伺っております」
「……! お父様が……」
(……そうか。お父様は、南へ逃げる前に、大神官にも手を回してくれていたんだわ)
「皇太子殿下は貴女がたを『国賊』と、『魔女』と、断罪なされた」
「……」
「だが、神の御前において裁かれていない者を魔女と呼ぶことは許されぬ」
大神官は、私たちに道を開けた。
「……ここは、神の家(聖域)である」
「皇太子殿下の『勅命』であろうと、神の法を超えることはできぬ」
「……ありがとうございます。大神官様」
「貴女がたが、真に『信者』として神の保護を求めるのであれば、我らは貴女がたを全力で守護しよう」
その言葉は、アランの軍隊から私たちを守る、という宣言だった。
私とルシアンはフードを取り、大神官に深々と頭を下げた。
「……わたくしは、ただ真実を明らかにしたいだけなのです」
「……よろしい」
大神官は私たちを聖堂の奥へと導いた。
私とルシアンは、アランが支配する帝都のど真ん中にある、アランが絶対に手出しできない「聖域」という名の「城」に無事入城した。
アランが北の戦場で、この報告を受けるのは、この数時間後になるだろう。




