アランの怒り
リステン侯爵の逃亡
皇宮。
アランは数日ぶりに上機嫌だった。
「……それで? リステン侯爵はどこへ逃げたかわかったか?」
アランは罷免したはずのバートン伯爵を非公式に呼び戻し、後処理をさせていた。
「……それが。完全に足取りが掴めません」
バートン伯爵は顔を青くして報告した。
「リステン家の屋敷は、全焼。隠し財産も全て灰になっておりました」
「……チッ。あの老狐め。財産ごと逃げたか」
アランは、リステン家の財産を差し押さえられなかったことに苛立ったが、侯爵本人が帝都から消えたことには満足していた。
(エリアーナは、北で籠城。リステン侯爵は逃亡)
(あの二人の「繋がり」はこれで切れた)
アランは、そう、結論づけた。
「……まあ、いい。財産のない老いぼれなど何の脅威にもならん」
「は、はあ……」
「それより、北の国境線への軍の集結はどうなっている?」
「はっ! 帝国の正規軍、五万がヴァレリウス領を包囲するべく北上しております」
「よろしい」
アランは、笑みを浮かべた。
「ルシアンめ。エリアーナという『魔女』を匿った罪、あの城ごと飢えさせて後悔させてやるわ」
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イザベラの「聖戦」
アランが軍の配置に満足していると、そこにイザベラが純白のドレスをまとって現れた。
流産の悲しみから立ち直った(悪魔王の力で狂気を増した)彼女は、以前にも増して、神々しいほどの美しさを放っていた。
「アラン様」
「おお、イザベラ。どうした」
「わたくしも参ります」
「……どこへ?」
「北の国境線へ」
イザベラは、アランの前に跪き、訴えた。
「わたくしたちの子供を殺した、『魔女』をこのまま放置にはできません」
「……!」
「わたくしは、『聖女』として、アラン様の軍と共にあらん。わたくしの『祈り』が必ずや兵士たちの力となり、魔女を討ち滅ぼすでしょう」
イザベラは、悪魔王から授かった「力」を、アランの軍隊のために使うと申し出たのだ。
「……イザベラ! おお、おまえこそが帝国の女神だ!」
アランは、イザベラの申し出に感激した。
「聖女」イザベラが前線に立つ。
これは、アランの軍が「神の軍隊(聖戦)」であると民衆に示す、最高のパフォーマンスだった。
(エリアーナめ。お前は「魔女」。俺には「聖女」がついている)
(どちらが、民の支持を得るか。……見ものだな)
アランは、イザベラを伴い北の国境線へ「親征」すること(実際には、安全な後方から指揮するだけ)を決定した。
帝都の貴族たちは、アランの決断に恐怖と不安を覚えたが、もはや誰も彼を止めることはできなかった。
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帝都の「空白」
アランの決定は、帝国の軍事バランスに致命的な「歪み」を生じさせた。
「……アラン様が、自ら、イザベラ様と共に出陣される?」
「……正規軍のほぼ全てを北の国境線に?」
「……帝都の守りは、どうなるのだ?」
アランは、ルシアンが北の城で「籠城」していると信じ込んでいた。
彼は、帝都の守りを、最低限の近衛兵だけを残し、残りの全ての戦力を「北」へと、集中させたのだ。
(ルシアンさえ、包囲してしまえば帝都は安全だ)
アランは、そう短絡的に考えていた。
彼は、エリアーナとルシアンがすでに北を「脱出」し、正規軍のいる北とは真逆の南から帝都に迫っていることなど知る由もなかった。
アランとイザベラが正規軍を引き連れて、意気揚々と帝都を「北」へ出立した、その日。
帝都は、皮肉なことに、エリアーナとルシアンにとって、帝国で最も「無防備」で、最も「侵入しやすい」都市となっていた。
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アランの「本当の」怒り
アランが、北の国境線近くに、本陣を構えてから、数日後。
帝都から、一羽の伝書鳩が、血相を変えた伝令兵によってアランの元に届けられた。
アランはルシアンが城から降伏を申し出てきたのかと、上機嫌でその報告書を開いた。
そして、彼は、凍りついた。
『――緊急報告』
『ヴァレリウス公爵、並びに、エリアーナ・リステン、帝都の「南門」より出現』
『二人は、皇太子殿下の勅命(捕縛命令)を無視し、帝都の『大聖堂』に、『信者としての保護』を要求』
『大神官、これを承諾。二人は、現在、皇帝の権力が及ばぬ「聖域(大聖堂)」にて保護されている』
「……な……」
アランは、報告書を持つ手が震えていることに気づいた。
「……なんだ、これは……」
「……ありえん。……ありえない!」
(あの女! あの女!)
(俺を北に誘い出したのか!)
(俺が、帝都を空けた、まさにその隙に、帝都のど真ん中(聖域)に、逃げ込んだだと!?)
アランは、自分が、エリアーナの掌の上で完璧に踊らされていたことを、ようやく悟った。
「……エリアーナァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
アランの本当の「怒り」の絶叫が北の戦場に虚しく響き渡った。




