アランの失策
アラン激怒
「……どういうことだ、これは!!」
皇宮。
アランは、南部からの報告書を、床に叩きつけた。
洪水は、起きた。
だが、被害は最小限。
そして何より、民衆の「感謝」が、自分ではなく、ルシアンとエリアーナに向いている。
「あの女……! また、あの女か!」
アランは、激怒していた。
塩の時と同じだ。
自分の失策(あるいは怠慢)を、エリアーナが完璧に先読みし、自分の「人気」に変えてしまった。
「トマスとかいう商人ギルドの長を捕らえろ! あいつが北と通じている!」
アランが叫ぶと、側近のバートン伯爵が、困惑した顔で進み出た。
「……殿下。それが、トマスは『商人ギルドの独断』だと主張しており……証拠が」
「証拠など、作れ!」
「しかし、南部の民衆が、トマスを『英雄』として匿っており、下手に手を出すと、暴動になりかねません」
「……ぐっ!」
アランは、手詰まりだった。
軍を送れば、ルシアンの思う壺だ。かといって、何もしなければ、南部の民心は、完全に北のものとなる。
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イザベラの「助言」
アランが苛立ちを募らせていると、イザベラが、そっと彼に寄り添った。
彼女の腹は、懐妊によって、少しふっくらとしてきている。
「……アラン様。お怒りは、ごもっともです」
「……イザベラ」
「ですが、アラン様は、難しく考えすぎですわ」
「……何?」
「民とは、愚かなもの。すぐに噂に流され、すぐに手のひらを返します」
イザベラは、悪魔王から授かった「知恵(悪知恵)」で、アランに囁いた。
「……エリアーナ様が『聖女』と呼ばれているなら、アラン様は、エリアーナ様が『魔女』であるという『真実』を、民に教えて差し上げればよいのです」
「……魔女、だと?」
「そうですわ」
イザベラは、うっとりとした表情で、アランを見上げた。
「考えてもみてください。なぜ、エリアーナ様は、洪水が『起きる』と知っていたのでしょう?」
「……それは」
「なぜ、塩の専売制が『失敗する』と知っていたのでしょう?」
「……」
「おかしいでは、ありませんか。……まるで、エリアーナ様ご自身が、その『災い』を、呼び寄せているかのようですわ」
イザベラの言葉は、アランの疑念に、火をつけた。
(……そうだ。なぜ、あの女は、そこまで未来が読める?)
(まさか、あの女が、洪水を……?)
「……イザベラ。お前の言う通りかもしれん」
アランは、イザベラの悪魔的な「助言」に、深く頷いた。
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偽の噂
アランは、イザベラの提案を受け、帝都と南部に対し、大規模な「噂」を流すよう、バートン伯爵に命じた。
それは、こんな内容だった。
『北の公爵に嫁いだエリアーナは、悪魔と契約し、魔女となった』
『彼女は、帝国の富を北に流すため、塩の価格を操った』
『彼女は、皇太子殿下の人気を貶めるため、自ら『洪水』を呼び寄せ、自作自演の救出劇を演じた』
『証拠に、彼女が北へ行ってから、帝国では災いが続いている』
『南部の民は、魔女に騙されているだけだ』
この「噂」は、皇太子の権威(金)によって、帝国の全土に、急速に広められた。
アランは、自信を取り戻した。
「フン。これで、民も目を覚ますだろう。聖女と、魔女、どちらを信じるかな」
彼は、民衆が、自分の愛人であり、懐妊している「聖女」イザベラを選ぶと、確信していた。
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エリアーナの「切り札」(返り討ち)
だが、アランの「失策」は、まだ終わっていなかった。
その「噂」が、帝都で広まり始めた、まさにその日。
エリアーナは動いた。
彼女は、アランが「偽の噂」を流してくることを、1周目の知識(彼の常套手段)から、完璧に予測していた。
エリアーナは、ルシアンの「影」と、アンナ(リステン家の情報網)を使い、アランが「噂」を流すために雇った、バートン伯爵の配下の者たちを、事前に「買収」していたのだ。
「噂」は、確かに広まった。
だが、エリアーナが「上書き」した、別の「噂」と共に。
帝都の酒場で、人々は、こんな話に花を咲かせていた。
「おい、聞いたか? エリアーナ様が、魔女だって話」
「ああ。だが、本当は違うらしいぞ」
「……どういうことだ?」
「あの噂を流しているのは、バートン伯爵だろ? あの人、塩の専売制で、皇太子殿下と組んで、密輸で大儲けしようとしてたのを、エリアーナ様にバレて、大損したらしい」
「……なんだと!?」
「それだけじゃない。バートン伯爵は、エリアーナ様の侍女を、スパイに仕立て上げて殺そうとしたが、それもバレて、失敗した」
「……ひどい話だ」
「つまり、エリアーナ様が『魔女』って噂は、バートン伯爵が、自分の『汚職』を隠すために流した、デマってことさ」
「……皇太子殿下は、そんなこともご存知ないのか?」
「いや……知っていて、黙認している、とか……」
アランが流した「エリアーナ=魔女」の噂は、エリアーナの完璧なカウンターによって、「アラン(とバートン伯爵)=汚職隠蔽」の噂へと、すり替えられてしまった。
アランは、民衆の支持を回復するどころか、自らの側近の「汚職」を、帝国全土に暴露する、という最悪の「失策」を犯したのだった。




