共鳴
同じ傷を持つ者
ルシアンの執務室。
イザベラの懐妊の報がもたらした衝撃は、ルシアンの告白によって、私の中で別の感情に変わっていた。
暖炉の火が、彼の金色の瞳に揺らめいている。
「……あなたの、ご両親も」
「ああ。反逆者として、処刑された」
ルシアンは、窓の外の闇を見つめたまま、淡々と続けた。
「俺は、父が『反逆者』と呼ばれ、民衆に石を投げつけられながら刑場に引かれていく姿を、この城の窓から、見ていた」
「……」
私は、言葉を失った。 処刑台の記憶が、鮮明に蘇る。
民衆の罵声。
投げつけられる石。
アランの冷酷な目。
イザベラの嘲笑。
(……この人も、見ていたんだ) 私と同じ「地獄」を。
「俺を生かしたのは、アランの父……現皇帝の『慈悲』ではない。『見せしめ』だ」
ルシアンは、初めて私に、嘲笑ではない、心の底からの冷たい笑みを向けた。
「反逆者の息子を、北の僻地に閉じ込め、公爵の地位だけは与えておく。そうすれば、他の貴族たちへの完璧な『見せしめ』になる。逆らえば、ああなるぞ、と」
「……」
「アランは、その全てを知っていて、俺が帝都へ行くたびに、俺に『慈悲』を施すように振る舞った。父の罪を許すのは自分だとでも言うようにな。……反吐が出る」
彼の憎悪は、私のような「裏切り」から来たものではない。
生まれた時から、彼の人生にこびりついていた、呪いそのものだ。
(私は、この人を「復讐の駒」として利用しようとしていた)
(なんと、愚かだったんだろう)
私は、自分の浅はかさを恥じた。
彼は、私の共犯者である以前に、私と同じ「傷」を持つ、唯一の人間だったのだ。
***************
罪悪感の昇華
「ルシアン。……わたくしは」
私は、彼に何を言えばいいのか分からなかった。
「罪悪感(あなたを巻き込んだ)」が、まだ胸に残っている。
「謝罪なら、もう聞いた」
彼が、私の心を読んだかのように言った。
「ですが……!」
「エリアーナ。お前は、俺を『巻き込んだ』のではない。お前は、俺の『復讐』に、火をつけた」
「……火を?」
「そうだ。俺は、この北の牢獄で、憎悪を抱えたまま、腐っていくはずだった。アランの『慈悲』という名の鎖に繋がれたまま、何もできずに」
ルシアンは、私の前に歩み寄り、私の両肩を掴んだ。
「だが、お前が現れた」
「……」
「お前は、アランの『欺瞞』を暴く『知識』を持っていた。お前は、アランと戦うための『財力』を持っていた。そして何より、お前は、俺と同じ『憎悪』を持っていた」
彼の金色の瞳が、熱を帯びて、私を射抜く。
「お前は、俺の『鎖』を、断ち切ってくれたんだ」
「……わたくしが?」
「そうだ。だから、罪悪感など抱くな。お前は、俺の『恩人』であり、『共犯者』だ」
彼の言葉に、私は、胸のつかえが取れていくのを感じた。
(……巻き込んだ、んじゃない)
(私は、この人の、道具でもない)
(私たちは、出会うべくして、出会ったんだ)
イザベラの懐妊への恐怖が、消えていく。
アランへの憎悪が、形を変えていく。
(わたくしは、もう一人じゃない)
(処刑台で、一人で死んだ、あの時の私じゃない)
***************
新たな誓い
「ルシアン」 私は、彼の肩を掴む手に、自分の手を重ねた。
「……わたくしは、アランとイザベラを許さない。わたくしから全てを奪った、アラン!イザベラ!おまえたちを許さない!」
「ああ」
「でも、今は、それだけじゃない」
私は、彼の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「わたくしは、あなたを、アランの呪縛から解放したい。あなたの両親の無念を、晴らしたい」
「……エリアーナ」
「わたくしの復讐は、もう、わたくしだけのものじゃない。あなたと、わたくしの、二人の復讐よ」
ルシアンは、驚いたように目を見開き、そして、ゆっくりと、深く頷いた。
「……愚かな女だと思っていたが」
「失礼ですわね」
「いや。……お前は、俺が思っていた以上に、強くて、愚かで……そして、美しい」
ルシアンの手が、私の頬を包んだ。
暖炉の火よりも、熱い手。
「エリアーナ。俺も、誓おう」
「……」
「お前の復讐は、俺の復讐だ。必ず、アランとイザベラに、お前が味わった以上の地獄を見せてやる」
「……ええ」
「そして、お前を、今度こそ、誰にも奪わせない」
彼の顔が、ゆっくりと近づいてくる。
私は、目を閉じなかった。
処刑台の「始まりの景色」とは違う、彼の金色の瞳を、しっかりと見つめ返したまま、その誓いを受け入れた。
それは、契約でも、取引でもない。 憎悪という名の炎の中で結ばれた、初めての、口づけだった。
***************
アランの「隙」
長い口づけの後、私たちは、どちらからともなく顔を離した。
雰囲気は、先ほどまでの重苦しいものではなく、不思議なほどの「高揚感」と「信頼感」に満ちていた。
「……さて」
ルシアンが、悪戯っぽく笑った。
「『共犯者』として、作戦会議の続きをしようか」
「……作戦会議?」
「ああ。お前の言った通り、イザベラの懐妊で、アランは焦っている。必ず『隙』が生まれる」
ルシアンは、執務机に戻り、帝国の地図を広げた。
「アランは、イザベラと『世継ぎ』の権威を高めるために、何か、大きな『成果』が欲しいはずだ。……財政(塩)で失敗した今、彼が次に狙うのは……」
私は、ルシアンの視線を追い、地図上のある一点を指差した。
「……ここだわ」
そこは、帝国の南部。帝国最大の穀倉地帯であり、同時に、毎年、春先の雪解け水による「洪水」の被害に悩まされている地域だった。
「……南部穀倉地帯の、治水事業」
1周目の記憶が蘇る。
(アランは、この時期、イザベラ(当時はまだ愛人)の懐妊で浮かれて、治水事業の予算を、彼女の新しい離宮の建設に使い込んだ)
(その結果、春先に大洪水が起きて、南部は壊滅的な被害を受けた)
(アランは、その責任を、当時の財務大臣になすりつけて、処刑した)
「……ルシアン。アランは、この治水事業に、失敗するわ」
「……お前の『知識』か」
「ええ。彼は、イザベラと子供のことで、浮かれている。民のことなど、これっぽっちも考えていない」
私は、ルシアンと目を合わせた。
「アランが失敗するなら」
「……俺たちが、成功すればいい」
ルシアンが、私の言葉を引き継いだ。
「アランが民を見捨てるなら、俺たちが、民を救う」
私たちの憎悪は、今や、帝国全土を巻き込む、巨大な「戦略」へと昇華されていた。




