最初の一手
皇太子の使者
リステン侯爵家の応接室。
重々しい空気の中、私は父・リステン侯爵の隣に座っている。
目の前には、皇太子の側近であるバートン伯爵が、尊大に足を組んで座っていた。
「――というわけで、エリアーナ嬢。皇太子アラン殿下は、貴女を妃候補として正式にお見合いの場を持ちたいと仰せだ。……リステン侯爵家にとって、これ以上の栄誉はあるまい」
バートン伯爵は、私と父を交互に見ながら、隠す気もない侮蔑の視線を向けている。
リステン家は中立派の筆頭ではあるが、皇族に比べれば格下。
断れるはずがないと高を括っているのだ。
1周目の私は、この言葉に舞い上がっていた。
「アラン様が私を選んでくださった」と。
そして、このバートン伯爵が、アランの寵愛を傘に着てリステン家(実家)の富をどれだけ吸い上げたか、今の私は知っている。
「……エリアーナ? 聞いているのか?」
父が、返事をしない私をいぶかしげに横から見ている。
私はゆっくりと微笑んだ。
1周目の、ただ純粋だった令嬢の笑みではない。
リステン侯爵家の令嬢としての、完璧な笑みだ。
「伯爵様。あいにくですが、そのお話、少し時期が悪いようですわ」
「……は?」
伯爵の尊大な態度が、一瞬固まった。
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親友の牽制
「何を……」
伯爵が言葉を続けようとした時、応接室の扉が控えめにノックされた。
「失礼いたします、お嬢様、旦那様。お茶をお持ちいたしました」
入ってきたのは、イザベラ。私の「親友」だった女。
1周目、彼女は皇太子からの内示に「自分のことのように嬉しい」と涙ぐんで見せた。
今も、その可憐な瞳を不安げに揺らし、私を見つめている。
「まあ、バートン伯爵様。皇太子殿下のお話でございますか? ……エリアーナ様、本当におめでとうございます!」
イザベラは、伯爵の前であることも忘れ、私の手を取ろうと駆け寄ってくる。
完璧な演技だ。
私を心から祝福する、無邪気な親友の。
1周目の私なら、この手を取って「ありがとう、イザベラ」と言っただろう。
だが。
パシン!
乾いた音が部屋に響いた。
私が、イザベラの伸ばしてきた手を、強く払い除けた音だった。
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豹変と宣戦布告
「……え?」
イザベラは、信じられないという顔で私を見ている。
払い除けられた自分の手と、私の顔を交互に見て、その目にみるみる涙が溜まっていく。
「エリアーナ、様……? なぜ……」
「身の程を弁えなさい、イザベラ」
私は、処刑台の底から響くような、冷たい声で言い放った。
「……っ!」
イザベラは顔を真っ青にして震えている。
「あなたはただの侍女。私が侯爵家の客人と話している最中に、許可なく口を挟むなど、万死に値するわ」
「エリアーナ!何を言うか!」
父が慌てて私を諌めるが、私は止めない。
アランもイザベラも、私のこの「優しさ」と「鈍感さ」につけ込んで、私を陥れたのだ。
ならば、その前提を、今ここで全て壊す。
私は、震えるイザベラから、呆然とするバートン伯爵へと視線を移す。
「バートン伯爵」
「な、なんだ」
「皇太子殿下へは、こうお伝えください」
「『お言葉は光栄なれど、わたくしには、他に考えている方がおります』と」
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父(侯爵)との対峙
「な……っ!?」
今度こそ、伯爵も父も絶句した。
皇太子(次期皇帝)の申し出を、一介の侯爵令嬢が断るなど、前代未聞だった。
「エリアーナ・リステン! 貴様、自分が何を言っているのかわかっているのか!」
伯爵が顔を真っ赤にして立ち上がる。
「わかっておりますわ」
私は伯爵の言葉を遮り、悪魔王がくれた自信を胸に、冷たく言い切った。
「リステン家は、帝国随一の財力を持つ中立派の筆頭。皇太子殿下は、その『財力』と『政治力』が欲しいのでしょう?」
「……なっ」
「ですが、あいにく。わたくしは、自分の価値を安売りするつもりはございませんの」
私は立ち上がり、イザベラが恐怖で落としたティーカップの破片を、冷ややかに見下ろした。
「――お引き取りくださいませ。床が、汚れましたので」
バートン伯爵は「覚えていろ」と捨て台詞を吐き、イザベラは私に怯えながら、二人とも応接室から逃げるように退室していった。
静まり返った部屋で、父が私に向き直る。
「……エリアーナ」
父は、見たこともないような恐ろしい顔で私を睨んでいた。
「全て、説明してもらうぞ」




