ルシアンの過去
エリアーナの動揺
「……そう。懐妊、三ヶ月」
私は、アンナから受け取った報告書を、暖炉の火に投げ入れた。
紙が、あっという間に燃え上がり、灰になっていく。
(悪魔王の、言った通りになった)
(イザベラは、最強の切り札を手に入れた)
私は、自分の手が、憎悪とは違う、冷たい「恐怖」で震えていることに気づいた。
アランは、世継ぎを手に入れた。
彼は、その子を守るためなら、何でもするだろう。
(……私と、ルシアンを、本気で殺しに来る)
1周目の知識(未来)が、イザベラの懐妊という、悪魔王の介入によって、完全に変わってしまった。
(どうしよう……)
(これから、どうやって……)
私は、初めて「回帰」したことを、後悔しそうになっていた。
「……エリアーナ」
いつの間にか、ルシアンが執務室に入ってきていた。
「顔色が、紙のように白いぞ。……アンナから、報告は聞いた」
「……ルシアン」
私は、彼に、どう顔を向けていいか、わからなかった。
**************
エリアーナの罪悪感
「……ごめんなさい」
私は、ルシアンから視線を逸らしたまま、呟いた。
「……何がだ」
「わたくしが、アランを追い詰めたから。わたくしが、イザベラを刺激したから……!」
「……」
「わたくしの復讐に、あなたを巻き込んでしまった。……世継ぎが生まれれば、アランは、あなたを『正統な後継者』の最大の脅威として、今度こそ、帝国全軍を率いて、この北を潰しに来るわ」
「……そうだろうな」
ルシアンの答えは、あまりにも冷静だった。
「……怖くないの?」
「怖い? 何をだ」
「わたくしのせいで、あなたは、皇太子……いえ、次期皇帝と、全面戦争になるのよ! 北の民も、あなたの全てを、危険に晒すことになる!」
私は、罪悪感で、叫んでいた。 1周目、彼は、アランと対立はしていたが、内戦にまでは至っていなかった。
私という「火種」が、彼の憎悪を利用したせいで、事態は最悪の方向へ進んでいる。
「エリアーナ」
ルシアンが、私の肩を掴んだ。
「顔を上げろ」
***************
ルシアンの告白
私は、無理やり顔を上げさせられ、ルシアンの金色の瞳と視線がぶつかった。
彼の瞳は、怒っても、呆れてもいなかった。
ただ、静かに、私を見ていた。
「……お前は、勘違いをしている」
「……え?」
「俺が、アランを憎んでいるのは、お前の『復讐』に巻き込まれたからではない」
ルシアンは、私の肩を掴んだまま、静かに語り始めた。
「……俺は、物心ついた時から、アランを憎んできた」
「……」
「俺の両親は、アランの父……現皇帝が、即位する時に、殺された」
私は、息を呑んだ。
「……皇位継承の争いだ。当時、俺の父は、現皇帝の弟君を支持していた。……結果、現皇帝が勝ち、俺の父は『反逆者』として、母と共に、処刑された」
(……処刑)
私と、同じ。
「俺は、まだ幼かったという理由だけで、見せしめのために生かされた。この『北』という名の、牢獄にな」
「……ルシアン」
「アランは、俺の全てを奪った男の、息子だ。俺が、あいつを憎むのに、これ以上の理由がいるか?」
***************
憎悪の共鳴
ルシアンは、自嘲するように笑った。
「イザベラが子供を産もうが、産むまいが、関係ない」
「俺は、いつか、必ずアランを討つと決めていた。お前が来る、ずっと前からだ」
「……」
「だが、お前は、俺に『知識』と『財力』、そして『大義名分』を与えてくれた」
ルシアンの手が、私の肩から、私の頬へと移る。
「エリアーナ。お前は、謝る必要はない。お前は、俺の『復讐』の、最高の『共犯者』だ」
私は、彼の言葉に、震えが止まった。 罪悪感ではない。
(……この人も、同じだった) 私と同じ、全てを奪われ、憎悪だけを抱えて生きてきた人。
「イザベラが子供を産んだなら、好都合だ」
ルシアンは、私から離れ、窓の外を見つめた。
「アランは、守るものができて、焦っている。……焦りは、必ず、隙を生む」
「……隙」
「そうだ。エリアーナ。お前の『知識』で、アランの『隙』を探せ」
ルシアンの金色の瞳は、イザベラの懐妊というニュースにも、一切揺らいでいなかった。
彼は、私以上に、アランへの憎悪に燃えていた。
私は、彼のその姿に、恐怖ではなく、初めて「安心感」を覚えた。
(……そうよ。怖気づいている場合じゃない)
(イザベラが子供を産んだ? だから、何?)
(わたくしのやることは、変わらない)
「……ええ。見つけてみせるわ、ルシアン」
私は、彼と並んで、窓の外を見据えた。
「アランとイザベラを、地獄に突き落とす、『決定的な隙』を」 二人の憎悪は、共鳴し、北の地で、さらに黒く、強く、燃え上がった。
『おまえたちは許さない!』、と。




