アランの焦り
アランの三重の失敗
皇宮。
アランの執務室は、刺客の襲撃失敗の報告を受けて、荒れに荒れていた。
「五人も送って、あの女一人、始末できんのか! ヴァレリウス公爵に返り討ちにされただと!?」
アランは、報告に来たバートン伯爵に、インク瓶を投げつけた。
「も、申し訳ございません! まさか、公爵本人が、あのタイミングで中庭に現れるとは……」
「言い訳は聞きたくない!」
アランは、激しい頭痛にこめかみを押さえた。
塩の専売制は、エリアーナとルシアンのせいで破綻。
帝国の財政は、むしろ悪化した。
侍女のアンナをスパイとして陥れ、リステン家とヴァレリウス家の仲を裂こうとした策は、ルシアンの介入によって失敗。
逆に、バートン伯爵の私兵(盗賊)の証拠を握られ、リステン侯爵を完全に敵に回した。
そして、最後の手段だったエリアーナ暗殺も、ルシアン本人に阻まれ、失敗。
「……あの女。北に行ってから、さらに厄介なことになっている」
アランは、エリアーナが自分の制御下から完全に離れ、自分を脅かす存在になっていることに、ようやく気づき始めていた。
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イザベラの嫉妬と扇動
「……アラン様」
部屋の隅で震えていたイザベラが、おずおずとアランに近寄った。
「お気を確かに。アラン様は、次期皇帝となられるお方。あんな、北の田舎に逃げた女狐一匹に、何ができますもの」
「……イザベラ」
アランは、縋るようにイザベラを抱きしめた。
今や、彼を無条件に肯定し、癒してくれるのは、イザベラだけだった。
「だが、あの女の『知識』は、本物だ。俺の政策も、バートンの動きも、全て先読みされている」
「……それは」
イザベラは、アランの腕の中で、唇を噛んだ。
(また、エリアーナ。また、あの女の『知識』)
アランが、エリアーナの「能力」を恐れ、評価していることに、イザベラは耐えられないほどの嫉妬を感じていた。
(あの女から、情報源を奪えばいいんだわ)
(あの女の力は、全て、リステン家(実家)の財力と情報網から来ている)
イザベラは、アランに甘く囁いた。
「アラン様。エリアーナ様が恐ろしいのではありません。エリアーナ様に力を与えている、リステン家の『財力』が恐ろしいのですわ」
「……リステン家の、財力」
「そうです。リステン侯爵が、娘の言いなりになって、北に資金を送り続けている限り、あの女は何度でもアラン様の邪魔をするでしょう」
「……」
「リステン家の金脈を、断つのです。そうすれば、あの女は、ただの北の『飾り物』に戻りますわ」
イザベラの言葉は、アランのプライドを刺激した。
「……そうだ。その通りだ。エリアーナが動けるのは、全てリステン家の金があるからだ」
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アランの経済圧迫
アランは、イザベラの扇動を受け、即座に行動を開始した。
彼は、皇太子として、帝都の全貴族と商人ギルドに対し、布告を出した。
「リステン侯爵家は、皇太子への反逆を企てた北のヴァレリウス公爵に、不当に資金援助を行っている疑いがある」
「よって、皇室の許可なく、リステン侯爵家と一切の商取引を行うことを禁ずる」
これは、事実上の「経済制裁」だった。
リステン家は、帝国一の商人であり、その取引先は帝国全土に広がっている。
その全ての取引を、皇太子の権限で停止させたのだ。
「フン。これで、リステン家は干上がる」
アランは、バートン伯爵に命じ、リステン家の銀行口座を凍結させ、全ての資産を差し押さえる準備をさせた。
「リステン侯爵が、娘の愚かさを後悔し、俺の前に跪くまで、そう時間はかかるまい」
アランは、エリアーナの「兵站」を断ち切ることで、彼女を無力化できると信じていた。
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エリアーナの先手(資産の移動)
だが、アランの「経済制裁」は、またもや空振りに終わる。
アランの差し押さえ命令を受けたバートン伯爵は、リステン家の銀行口座に、ほとんど資産が残っていないことを知り、愕然とした。
「……どういうことだ! リステン家の莫大な財産は、どこへ消えた!」
アランが、皇宮でその報告を受け、激怒したのは、言うまでもない。
エリアーナは、アランが「経済制裁」という手段に出てくることを、1周目の知識(アランの思考パターン)から、とっくに予測していた。
彼女は、ルシアンとの「契約婚約」を結んだ、あの日の直後から、父に指示し、リステン家の資産の「ほぼ全て」を、帝都の銀行から、北のヴァレリウス公爵領、および、アランの手が届かない「隣国の銀行」へと、密かに移させていたのだ。
塩の輸入(第12話)で使った金は、その「資産移動」の隠れ蓑に過ぎなかった。
アランが凍結させたのは、エリアーナが「わざと残しておいた」リステン家の、ほんの僅かな資産だけだった。
「……あの女狐め……!」
アランは、エリアーナの掌の上で転がされているという屈辱に、ギリギリと歯ぎしりするしかなかった。




