疑念と共犯
刺客の後処理
ルシアンに抱えられ、彼の執務室に戻ると、アンナが血相を変えて飛び出してきた。
「エリアーナ様! ご無事で……!」
「大丈夫よ、アンナ。かすり傷一つないわ。……この人のおかげでね」
ルシアンは、私をソファに降ろすと、すぐに側近たちに指示を出し始めた。
「刺客は五人。全員生け捕りにした。地下牢へ」
「……え? あそこで倒れて……」
「峰打ちだ。殺しては、アランの仕業だと白状させられん」
なんと……あの乱戦の中で、全員を殺さずに? 私は、ルシアンの底知れない実力に、改めて背筋が寒くなった。
「アンナ。エリアーナのために、温かい飲み物を。それから、お前も今夜はここに泊まれ。この部屋が一番安全だ」
「は、はい! 公爵閣下」
アンナが部屋を出ていくと、執務室には、私とルシアンの二人だけが残された。
暖炉の火が、パチパチと音を立てている。
重い沈黙が続く。
先に口を開いたのは、ルシアンだった。
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ルシアンの疑念
ルシアンは、エリアーナを見つめていた。
ソファに座る彼女は、つい先ほど命を狙われたとは思えないほど、冷静だった。
(……おかしい)
ルシアンは、今夜の襲撃に、いくつかの違和感を覚えていた。
(なぜ、俺は、あの中庭に間に合ったのか)
(なぜ、エリアーナは、刺客の第一撃(矢)を、紙一重で避けられたのか)
ルシアンは、エリアーナの「胸騒ぎがする」という言葉を思い出していた。
(まるで、刺客が来ることを、予期していたかのようだ)
塩の一件。
アンナの救出劇。
そして、今夜の刺客。
全てが、彼女の「知識」によって、ギリギリのところで回避され、あるいは利用されている。
「……エリアーナ」 ルシアンは、彼女に問いかけた。
「お前は、一体、何者だ?」
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エリアーナの「告白」
ルシアンの金色の瞳が、私を真っ直ぐに見据えている。
「……何者、とは?」
「惚けるな。お前の『知識』は、リステン家の情報網だけでは説明がつかん」
「……」
「塩の密輸ルート。アンナへの罠。そして、今夜の刺客のタイミング。……お前は、アランの思考を『読んでいる』。いや、まるで『未来』を知っているかのようだ」
ルシアンの指摘は、的を射ていた。
私は、息を呑んだ。
ここで、「回帰した」と告白すべきか?
(……いや、ダメだ。悪魔王のことも、全て話さなければならなくなる)
(そんな、荒唐無稽な話を、この合理主義者の彼が信じるはずがない。信じたとしても、悪魔と契約した女など、彼は側に置かないだろう)
私は、ルシアンを騙すことを選んだ。
「……未来、ですって? そんな、まさか」 私は、自嘲気味に笑ってみせた。
「わたくしに、そんな力はありませんわ」
「では、あの『知識』は、なんだ」
「……ルシアン。あなたは、アラン殿下をどれだけご存知?」
「……どういう意味だ」
「わたくしは、1周目……いいえ、アランの婚約者(皇妃)として、彼の側にいました。彼の思考、彼の癖、彼が頼る人間、彼が追い詰められた時に取る行動……」
私は、目を伏せ、悲劇のヒロインを演じる。
「わたくしは、彼を愛していたからこそ、彼の全てを、知りすぎてしまったのです」
「……」
「わたくしの『知識』は、未来予知などではありません。……アランという人間を、骨の髄まで知り尽くした『経験』と『分析』の、結果ですわ」 私は、真実(回帰)を、嘘(1周目という言葉を使わない)で塗り固めた。
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共犯者
ルシアンは、黙って私を見つめていた。
彼が、私の言葉を信じたとは思えない。
だが、彼は、それ以上は追求しなかった。
「……そうか。ならば、お前の『経験』とやらは、俺の軍隊以上に、アランへの脅威だな」
ルシアンは、立ち上がり、私の前に立った。
「エリアーナ。お前が何者でも構わん」
「……え?」
「お前が『未来』を見ているのだとしても、アランへの『憎悪』だけで動いているのだとしても、どちらでもいい」
彼は、私の顎に手をかけ、顔を上げさせた。
「お前は、俺の『共犯者』だ。それだけで、十分だ」
「……ルシアン」
「今夜は、もう休め。アンナが戻ってきたら、隣の寝室を使え」
ルシアンは、それだけ言うと、私から離れ、再び執務の書類へと目を戻した。
彼の金色の瞳は、疑念を消してはいなかったが、そこには「共犯者」を見る、確かな「信頼」の色が宿っていた。
私は、彼が私を信じようと「努めて」くれたことに、胸が熱くなるのを感じた。
(この人は、アランとは違う)
(この人を、私の復讐に利用するだけでは、いけない)
私は、初めて、契約婚約者である彼に対し、憎悪以外の、別の感情を抱き始めていた。
そして、それが「支援者」の不興を買うかもしれないと本能的に感じていた。




