刺客
アンナの報告と新たな日常
アンナが北の黒鷲城に来てから、数日が過ぎた。
彼女は、私が「悪女」として帝都で噂されていることも、私がルシアン公爵と「契約婚約」を結んだことも、全て知った上で、私の側に仕えることを選んでくれた。
「エリアーナ様が、どのような決意をなさったのか、私にはわかりません。ですが、1周目……いえ、以前のエリアーナ様が、どれほどイザベラ様を信じ、そしてアラン殿下に尽くしておられたか、私は知っております」
アンナは、私の手を取り、涙ながらに言った。
「そのエリアーナ様が、全てを捨てて選ばれた道です。私は、最後までお供いたします」
「ありがとう、アンナ」
私は、アンナという信頼できる味方を得て、北の地での生活基盤を整え始めた。
帝都のリステン家(父)との連絡役はアンナに任せ、私はルシアンと共に、アランへの次の「一手」を計画していた。
塩の一件、アンナの救出劇。私たちは、アランの顔に二度も泥を塗った。
アランが、このまま黙っているはずがない。
「……ルシアン。近いうちに、アランは動くわ。今度こそ、もっと直接的に」
「だろうな。あの男のプライドは、ズタズタだろうからな」
ルシアンは、執務室で剣の手入れをしながら、楽しそうに答えた。
「公爵領の警備は、三倍に増やした。城にいる限りは、お前もアンナも安全だ」
「だと、良いのだけれど」
私は、胸騒ぎを覚えていた。
アランは、正攻法で勝てないとわかると、必ず「裏」の手を使う。
***************
夜の散策
その夜、私は執務室で、父から届いた、帝都の経済状況に関する機密書類に目を通していた。
「エリアーナ様、少しお休みになられては? 顔色が優れません」
アンナが、温かいハーブティーを淹れてくれた。
「ありがとう、アンナ。……少し、風に当たってくるわ」
私は、書類から顔を上げ、気分転換のために部屋を出ることにした。
黒鷲城は、帝都の宮殿とは違い、華美な装飾はないが、堅牢で機能的な城だ。
「ルシアンは、どこに?」
「公爵様なら、城壁の視察に行かれております。今夜は冷えますから、と」
ルシアンは、私が北に来てから、毎晩のように自ら城壁を見回り、警備の兵士に声をかけて回っている。
「冷血公爵」と呼ばれているが、彼が領民から絶大な信頼を得ている理由が、私にもわかってきた。
私は、外套を羽織り、アンナの制止を振り切って、一人で中庭へと向かった。
(……空気が、冷たくて気持ちいい)
帝都の生ぬるい空気とは違う、北の澄んだ夜気が、私の火照った頭を冷やしてくれる。
中庭のベンチに座り、空を見上げた、その時だった。
***************
刺客の襲来
ヒュッ!、と。
空気を切り裂く、小さな音。 本能的な「死」の気配。
私は、処刑台で培われた(?)反射神経で、ベンチから転がり落ちた。
ドスッ! 私が座っていたベンチの背もたれに、黒い「矢」が突き刺さっていた。
(……刺客!?)
「……チッ。外したか」
闇の中から、黒装束の男たちが、音もなく現れた。その数、五人。
「なぜ、エリアーナ様が一人でこんな場所に……」
「好都合だ。公爵閣下の命令だ。あの女を、静かに『処理』しろ、と」
(公爵閣下……? ルシアンが? いや、違う!)
(あいつら、アランの手の者だ! そして、私を殺した後、その罪をルシアンになすりつけるつもりだ!)
なんと卑劣な。
「……誰か! 誰か来て!」 私は大声で叫ぼうとしたが、一人の男が私の口を塞ぎ、私を羽交い締めにしようとした。
「無駄だ。ここは城の中心から一番遠い中庭。叫び声など届かん」
男の腕が、私の首に回る。
(……ここまで、なの……?) 1周目は処刑台。2周目は刺客の手で。
私の復讐は、こんなところで――
「――誰が、届かんと言った?」
地を這うような、冷たい声が響いた。
次の瞬間、私を押さえつけていた男の体が、くの字に折れ曲がり、吹き飛んだ。
***************
冷血公爵の戦い
月明かりの下に立っていたのは、ルシアンだった。
その手には、執務室で手入れしていたはずの、抜き身の剣が握られている。
「……ルシアン!」
「下がっていろ、エリアーナ」
ルシアンの金色の瞳が、獲物を狩る獣のように、鋭く光っていた。
「……ヴァレリウス公爵! なぜ、貴方がここに!」 刺客たちが、動揺している。
「俺の城で、俺の婚約者に、指一本触れようとは。……貴様ら、アランの犬か?」
「……知ったからには、生かしてはおけん! 公爵ごと、ここで始末しろ!」
刺客たちが、一斉にルシアンに襲いかかる。
だが、それは、あまりにも無謀な戦いだった。
「冷血公爵」の名は、伊達ではなかった。
ルシアンの剣が、閃く。 それは、踊るような、しかし一切の無駄がない、死の舞踏だった。
一人、また一人と、黒装束の男たちが、悲鳴を上げる間もなく倒れていく。
数分後。中庭には、私と、ルシアンと、倒れた五人の刺客だけが残されていた。
ルシアンは、剣についた血を払い、私に向き直った。
「……怪我は?」
「な、ないわ。あなたは……?」
「かすり傷だ」
彼は、自分の腕に刺さった矢(おそらく私を庇った時のものだろう)を、無造作に引き抜いた。
「……やはり、アランは、待てない男らしい」
ルシアンは、倒れている刺客の襟元を掴み、その紋章(アランの近衛兵だけが使う、隠し紋)を私に見せた。
「……ありがとう、助かったわ」
「礼はいい。お前は、俺の『切り札』だ。こんなところで死なれては、寝覚が悪い」
彼はそう言って、私に外套をかけ直すと、私を抱きかかえた。
「……! 自分で歩けるわ!」
「うるさい。大人しく運ばれていろ」
冷血公爵の腕は、意外なほど、温かかった。




