二人の夜会
注目の的
帝国主催の「建国記念夜会」。リステン家とヴァレリウス家の婚約が発表されてから、初めての公式な社交の場だ。
私は今、ルシアン公爵のエスコートを受け、会場である皇宮の大広間の大階段を降りている。
「……すごい注目ね」
私たちが姿を現した瞬間、あれほどうるさかった会場の喧騒が、ピタリと止んだのだから。
肌を刺すような、好奇と、侮蔑と、恐怖が入り混じった視線。
皇太子アランを拒絶し、「冷血公爵」ルシアンを選んだスキャンダラスな女。それが、今の私だ。
「当然だ。今夜の主役は我々だぞ」
隣で、ルシアンが低い声で応じる。彼は、無数の視線など意にも介さず、堂々と私をエスコートしている。その姿は、北の王者の風格すらあった。
「怖気づいたか?」
「いいえ。むしろ、高揚しているくらいですわ」
私は、集まった貴族たちに向かって、完璧な淑女の笑みを浮かべてみせる。
「わたくしの復讐劇の、最初の舞台ですもの」
「……いい度胸だ」
ルシアンが、初めて私を見て、その口元にわずかな笑みを浮かべた気がした。
私たちは、フロアを埋め尽くす人々の間を、モーゼの海割りのように進んでいく。
誰もが、私たちに道を開け、そして遠巻きにヒソヒソと噂話をしている。
「あれが、リステン家の……」
「なんてことを……皇太子殿下に恥をかかせて」
「だが、ヴァレリウス公爵は、あんな女のどこを……」
聞こえてくる声は、どれも私を非難するものばかり。
1周目の私なら、この視線と陰口に耐えられず、泣き崩れていただろう。
だが、今の私は違う。
(存分にご覧なさい。あなたたちが、これから没落していく様を、わたくしが特等席で見届けてさしあげますわ)
私は、この夜会の主役である皇太子アランと、その傍らにいるであろうイザベラを探した。
***************
アランとイザベラ。そして回想
「皇太子殿下、並びにイザベラ様、御成り」
ファンファーレと共に、会場の主役が、私たちと入れ替わるように大階段の上に姿を現した。
アラン。そして、その隣に立つイザベラ。
イザベラは、侍女の服ではない。皇太子の愛人として、皇族しか許されない鮮やかな青色のドレスを身にまとっている。
皇太子が、侍女上がりの女を「公式のパートナー」として夜会に同伴させたのだ。
会場が、再びどよめく。
(……皇宮に逃げ込んだ彼女を、アランは正式に『庇護下』に置いたのね)
1周目の私(皇妃)を処刑台に送った後、あの二人が皇宮で堂々と寄り添っていた光景が蘇る。あの時よりも、随分と早く、二人は公の場で結びついた。
(私が、アランを拒絶したから)
(私が、イザベラを突き放したから)
皮肉なものだ。私の復讐のための行動が、1周目とは違う形で、あの二人を早く結びつけている。
イザベラが、階段の上から私を見ている。
その瞳には、怯えと、それ以上に、私に対する明確な「勝利」の色が浮かんでいた。
「エリアーナ様には奪えないものを手に入れた」と、あの時と同じ顔をしている。
そして、私は思い出す。
(そもそも、なぜあの二人が繋がっていたのか)
(なぜ、平民同然のイザベラが、アラン様の目に留まったのか)
1周目の記憶だ。
あれは、回帰するより一年前。アラン様がまだ皇太子で、私との婚約の話が持ち上がる前。
彼は父(リステン侯爵)の財力を取り込むため、何度かリステン家の屋敷にお茶会に来ていた。
その日、私は純粋な善意で、アラン様に紹介したのだ。
「こちらはイザベラ。侍女ですが、わたくしにとっては妹のような、大切な親友なのです」
イザベラは、父が事業に失敗した没落貴族の娘だった。路頭に迷っていた彼女を、私が「可哀想に」と父に頼み込み、私の侍女として側に置いていた。
あの日。アラン様の目が、イザベラを値踏みするように見たのを、なぜ私は気づかなかったのだろう。
アラン様は、私の「純粋さ(利用しやすさ)」と、イザベラの「野心(私への嫉妬)」を、あの瞬間に見抜いたのだ。
そして、私に隠れて、イザベラと密通を重ねていた。
(あの時から、私の処刑台への道は、始まっていた)
私は、苦い記憶を胸にしまい込み、現実の二人を見据えた。




