始まりの景色
アランは、私には一度も見せたことのない切なげな表情で、イザベラの肩を抱きしめている。
まるで、これから起こる残虐な見世物から、彼女を守るかのように。私から、守るかのように。
私は、その光景に言葉を失った。
※※※※※※※※※※※※
皇妃エリアーナ」
地を這うような低い声。アランが、ようやく私を見た。
その美しい碧眼には、かつての愛も、慈悲も、何も映っていなかった。
あるのは、凍てつく冬の湖のような……汚泥にまみれた何かを見るような、冷え切った侮蔑だけ。
「貴様は、余の寵愛を一身に受けるイザベラに嫉妬し、毒を盛った。さらに、朕の暗殺を企てた大罪人である」
頭が理解を拒否する。イザベラに、毒? 私が? アラン様を、暗殺?
「違う……違います! イザベラ、あなたも何か言って! 私たちがどんなに仲が良かったか、あなたが一番知っているでしょう!?」
私が叫ぶと、イザベラはアランの胸に顔をうずめたまま、か細く震えた。
「……ごめんなさい、エリアーナ様。私、怖くて……あの日、あなたが『皇帝陛下さえいなければ、私がもっと自由になれるのに』と仰るのを聞いて……」
嘘だ。そんなこと、言っていない。
愕然とする私に向け、イザベラは怯えた目で私を見つめた。
そして――アランが彼女の頭を撫でるために視線を外した、ほんの一瞬。
口の端を吊り上げて、嗤った。
心臓が、氷の手で掴まれたように凍りついた。ああ。そう。そうだったの。
最初から、すべて。この二人に、私は、嵌められたのだ。
※※※※※※※※※※※※※※※
最後の二十秒
絶望は、一瞬で燃え盛る憎悪に変わった。
兵士に乱暴に髪を掴まれ、断頭台の冷たい穴に顔を押さえつけられる。
「おまえたちだけは絶対に許さない」
私は、最後の力を振り絞り、首だけをねじ曲げて二人を睨みつけた。
(もし、もう一度……もう一度だけ、やり直せるのなら)
(今度こそ、あなたたちを地獄の底に突き落としてあげる)
ギロチンの刃が空気を切り裂き、振り下ろされた。
――衝撃。
世界が回転した。音は、もう何も聞こえない。
転がった私の「首」は、奇しくも、あの二人の方を向いていた。
聞いたことがある。人の首は、斬り落されてから二十秒ほどは、物が見えると。
(……あと、十五秒)
私の視界の先、緋色の天幕の下。皇帝アランは、微動だにしない。
自分の皇妃の首が、無様に雨に濡れた石畳を転がったというのに、彼は一瞥すらしないのだ。
(……あと、十秒)
私の視界が、ゆっくりと霞み始める。
その、アランの腕の中。震えていたはずのイザベラが、そっと顔を上げた。
彼女は、アランには気づかれないよう、ゆっくりと視線を動かし――転がった「私」の目と、その視線を正確に合わせた。
(……あと、五秒)
イザベラは、怯えた小動物のような可憐な顔で、確かに、私だけにわかるように、ゆっくりと、深く、勝利を確信した笑みを浮かべた。嗤ったのだ。
(……ああ)
これが、私の「最後の景色」。そして、私の「始まりの景色」。
忘れない。その顔も、あの男の冷酷さも。
視界が、完全に闇に塗りつぶされた。




