校長室②
話は数分前に遡り、水城と猿河が校長室に入った後である。
「やはり、俺が最初だったか」
校長室の前には一人の少年が立っていた。屋上で尾鷲涼花といた内の一人。「むっくん」もしくは「むったん」と呼ばれていた少年である。
左腕の袖をめくり、左手首に巻かれた腕時計上の機械――パーソナルリンクを見た。
「あいつら……、十五分後に集合って言ったはずなんだがな」
顔を上げた時、視線の端に嫌なものを見た。彼の目の前には廊下に沿って窓があるのだが、その右の方で、外から「ドン、ドン」と音を立てて窓を叩く金髪の少年がいた。「エド」と呼ばれていた少年である。視線に気づいたのか、「エド」と呼ばれた少年の顔も嬉々としていた。嫌々ながらも、「むったん」と呼ばれた少年は窓を開ける。
「やあ、むったん。ありがとう」
「お前は、普通に来ることさえできないのか? あと、『むったん』言うな、って何回言えばわかるんだ」
「ハハハ」と、「エド」は笑って返す。
「そういえば、スズちゃんはどこかな?」
廊下の職員室の方から、尾鷲涼花は歩いて来ていた。それに気づいた「エド」は手を振る。尾鷲はそれを無視した。
「遅いぞ、涼花」
「むったん」が言うが、尾鷲の表情は変わらない。
「いいじゃん、別に。たまに少し遅れたくらいでさ。むったんは時間にうるさ過ぎなんだよ。小学生の時とかに『五分前行動を心がけよう』、とかいうのがあったけど、むったんの場合はそのまた五分前に来るようなたちでしょう? そんなこと言っていると、もし恋人ができた時、すぐに嫌われるよ」
「じゃあ、俺からも言いたい。涼花、お前はいつものことだぞ、遅れてくるのは。それこそ、恋人ができた時にすぐに嫌われるさ」
「あっ、僕は大歓迎だけどね、スズちゃん」
「エド」は、フォローするつもりで言ったはずなのだが、それ以外の二人の表情が固まった。
「お前は女だったら誰でもいいんだろ」
「まさかまさか。むったん、そんな軽い男に見えるかい? この僕が」
間髪入れずに、「むったん」が頷く。尾鷲も同じ行動をした。
「エド」が項垂れたと同時に、校長室の扉が開かれ、屈強な体つきの男が出てきた。
「なんだ、お前達か」
中から出てきた屈強な体つきの男は猿河である。すぐに扉は閉められたため、中を覗こうとした「エド」は肩を落とした。そして、猿河に話し掛けた。
「どうして猿河先生がここにいるんですか? 校長室なんてここの先生、よっぽどのことがない限り近づかないでしょう?」
「お前達に話す義理はない。……だが、お前達がここにいるということは、あいつは」
猿河は、後半は独り言のように言った。
「うん? どうかしましたか、先生?」
「……いや、なんでもない。いいか、お前達。そこが『校長室』の前だってことを忘れるなよ」
それだけを言い残して、猿河は職員室まで歩いていった。
「……僕達、猿河先生に嫌われてない?」
「そんなこと既知のことだろう、エド? 猿河が俺達みたいなのを目の敵にしているなんてことはな。ところで涼花、早く入った方がいいんじゃないか?」
「むったん」は腕を組みながら尋ねる。尾鷲はそれに答える代わりに、前へと進んだ。そして、扉をノックする。
「はーい」
中からは若い女の声が聞こえた。その声に、「エド」と「むったん」は眉を潜めた。
「この声だけってことは……」
「ああ。この部屋には、『彼女』しかいないのだろうな」
困惑した表情の二人の間で、涼花は「フフッ」と笑いを漏らした。
「どうしたの、スズちゃん? 何か知っているの?」
「……さあね」
尾鷲は扉を開けた。