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クイーン  作者: 河海豚
第一章
8/30

校長室

 近くの階段を駆け上がり、一階と二階の間にある踊り場に差し掛かったところである。

「うわっ!?」

 手すりで見えない所から、何かが水城にぶつかってきた。その拍子に、それは倒れる。

「なんなんだ。こんな時に」

「ねえ、それってひどくない、君? こんな可愛い子を転ばせたのに、詫びの一つもないなんてさ」

 無視をして通り過ぎようとした水城に、それは言う。水城の上着の袖を掴んでいた。それで動けずにいた。

「離せ」

「イヤだ。謝るまで絶対離さないから」

 水城はウンザリした様子で、掴んでいた人間を見た。

 袖を掴む人間は女子生徒だった。

 背丈は水城の胸程度と小さい。肩までの栗色の髪に黒いカチューシャ。水城が何より奇抜に思えたのは、上に羽織る白衣だ。丈は膝下、袖は指の付け根までと白衣のサイズは大きめだが、これはわざとであろう、と水城は感じた。

 白衣の下から覗かせるブレザーにあるエンブレムの色は青で、尾鷲涼花のように金色の刺繍が入っていた。でも、その模様は彼女のものとは違い、三角形の上の角から二本の小さな平行線が伸びている。例えるなら、三角フラスコのような形を作っていた。

「さあ、早く謝ってよ。私は急いでいるんだよ」

 水城の鼻先までに近づいて、少女は言った。

「急いでいるなら、俺に構うなよ。俺だって急いでいるんだよ……」

「なんか言った?」

「ハイハイ。ごめんなさい」

「適当すぎる。……って、ちょっと待ちなさい!」

 少女の手をすり抜けて、水城は階段を上った。後ろから聞こえる少女の声を水城は無視をする。そして、職員室まで走り抜けた。それまで、教師に会わなかったのは幸運と言えるだろう。

 職員室前の扉の廊下で息を整える。その後、二度ノックをして扉を開け、足を踏み入れた。

「失礼します」

 その一言で、職員室内の空気が変わった。昼休み中ともあって、職員室内に少々の喧騒もあったのだが、ほぼ全員が水城の方に向いた。

(なんだ、これはいったい?)

 驚きたじろいでいると、屈強な体つきをした男が水城に近づいてきた。

「水城貴鳥君かね?」

 その男が猿河だと理解した。とてつもないプレッシャーに、水城はただ無言で頷くだけだった。

「ついてきなさい」

 猿河は水城の横を通り過ぎた。水城は慌てて振り返ると、その後ろを続いていく。

 猿河と水城は、まず職員室を出た。そして、廊下を水城が来た方向とは逆に進んでいく。

 端まで来た所で猿河は止まった。扉の前だ。水城は扉のプレートに目をやる。

「校長室?」

 声をあげる水城を猿河は睨んだ。これ以上無駄なことは何も言わないように、水城は慌てて自分の口を押さえる。

 一度咳ばらいをして、猿河はノックをした。中からは、「はーい」といった声が聞こえた。

「猿河です。水城貴鳥を連れて参りました」

「どうぞ~」

 猿河は水城を一瞥してから扉を開いた。

「入れ」

 水城は促されて、中に入った。

 室内の様子を一言で表すと、「豪華」の二文字に尽きる。調度、備品は見るからに一級品であることが一目でわかる。際立って水城がそう思えたのは、来客用と思われるソファだった。これには傷一つ、埃、汚れ一つない。

 ただ、様子がおかしい。さっき声はしたはずであるのに、部屋の主の姿はない。

(中にいた奴はどこに行ったんだよ。人を呼んでおいて)

 水城がそう思った時である。

「ここにいますよ」

 突然、水城の前にそれは現れた。思わず跳び上がって後ろに下がったが、猿河に背中を止められた。

「オイ、ちゃんと立て。失礼な態度はとるな」

 強い力で押され、元に戻された。だが今、水城はそれを気にする余裕はなかった。その理由は、目の前に現れた人物にある。銀に近い白のロングの髪、白い肌、白のスーツ、鮮やかな赤の色の瞳をした妙齢の女。およそ、校長室という空間には程遠い存在である。

「では、私はこれで。失礼します」

「ありがとう、猿河先生」

 女が、跳ねるような声を出して手を振るのに対して、猿河は深々と頭を下げた。そして、扉は閉じられた。

 しばらくの間、沈黙が流れる。それを破ったのは女の方だった。

「さて、水城貴鳥君。君をここに呼んだわけだけど……、とりあえず座ってくれる?」

 子供を諭すような声色で、女は告げた。だが、水城は動かない。むしろ警戒をしていた。それにより、自然とポケットに手が伸びる。

「うーん。銃に手を伸ばしてまで警戒をしなくてもいいんだけどね。別に取って食おうとしているわけじゃあないしさ。それに、私の許可なく発砲はできないような構造にはしているし」

 そう言って、女は水城に近づく。一定の距離を取って、水城は下がった。

「返答はなし、か。それじゃあ、君はどうしてここにいるのかって、知りたくない?」

 水城は自分の耳を疑った。そして、後に下がる足が止まっていることに気づいた。

「何を、言っている?」

 水城の問いに対して、女はにっこりと笑って続けた。

「やっと話を聞いてもらえるようだね。でも、ほとんど何も理解できていないのか。だとすると……」

 最後の方を、女はぶつぶつと水城に聞こえない程度の音量で呟く。

(本当に、何が言いたいんだ? こいつはいったい)

「まあでも、ちょっとだけ待ってくれるかな? 座ってお茶でも飲んで。もう少しで役者が揃うわけだしさ」

 女は水城にソファに座るように、もう一度促した。それでも立っているだけの水城に耐えられなかったのか、女は水城の背中を押して強制的に座らせた。

 水城が緊張した様子で背を正して座りしばらくすると、廊下へ続く扉がノックされた。

「あっ、来たみたいだね」

 女が「はーい」と言葉を返した後、扉は開かれた。

「失礼します」

 明瞭な声とともに入ってきた人物に、水城は驚愕した。

「なんだ。やっぱり君か」

 入ってきた人物――尾鷲涼花は艶めかしくニヤリと笑ってみせた。


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