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クイーン  作者: 河海豚
第一章
7/30

普通じゃない昼休み

 昼休みの時間。水城は食堂にいた。食堂はもう一つの校舎と結ぶ一階の渡りのような場所にあり、とてつもなく広い。それと、廊下に出る場所とその反対側はガラス張りになっており、その広さは際立っている。自然光の明るさもあり、精神的圧迫感も感じさせない。また、広いだけあって人数の容量も多い。その容量でもっても毎日の昼休みの時間は、ほぼ例外なく席が全て埋まってしまう。それだけ盛況していた。

 水城は食券売り場へと並んだ。昼休みが始まってすぐに山元に首を掴まれてここに来たためか、まだ、並んでいる人達は少ない。

「貴鳥もカレーだよな?」

 水城の同意を得ないまま、山元は券売機のボタンを押した。水城は唖然とした表情で山元を見た。

「うん? どうした?」

「『どうした?』じゃねえよ。なんで勝手に俺のを買うんだ?」

「いいじゃん、別に。お前と俺がカレーを頼むのはいつものことだし。別に嫌いじゃあないだろ? まあ、安いし?」

 そう言ってプレートを山元は取る。対する水城は渋々食券を受け取ると、山元に倣ってプレートを取った。そこからの手順は簡単だった。流れ作業をされる商品のように、順番に進んで行き食堂の人に盛りつけてもらう。盛りつけを行うおばちゃんが「またカレーなの?」と、呟いたのを水城は聞いた。横の山元にはそれが聞こえなかったと見えて、鼻歌を歌いながら付き物であるサラダにドレッシングをかけている。

 どこかで覚えているような感じがした。初めてではなく、手慣れているように、この景色は毎日見ていたように水城は感じた。

 食券を渡して全ての行程が終わり、水城は先に終わっていた山元の姿を探した。食堂内を見回すと、山元と内田が席に着いて、山元の方は水城に向けて手を振っている。水城は足早にそこへと向かった。

「内田はいつも通り、うまそうな弁当だな」

 山元は隣にいる内田の弁当を眺めて言った。内田は照れ臭そうにして身を小さくする。頬が紅潮していた。

「そう、かな?」

「いやー、俺にも作ってきてほしいくらいだ。なあ、貴鳥?」

「あ……、ああ。そうだな」

 水城が、興味がないように答えると、山元は身を乗り出して水城の眼前にスプーンを突き付けた。

「オイ、貴鳥。今日、よそよそしいぞ。なんか知らないけど。というか、おかしいぞ。人が変わったみたいだ。さっきだって、気分が悪そうな感じで教室を出たと思ったら、しばらく経って汗ダラダラで、真っ青な顔で飛び込んでくるし。しかも、見事な前回り受け身なんてしてさ。あれは拍手ものだったぜ。で、どうしたんだ?」

「あの時は、ちょっとつまずいて。あと、気分が悪かったのは本当だし」

「ふーん。まあ、いいか」と、山元は微妙な納得をし、水城に向けていたスプーンで再びカレーを掻き込み始めた。

 水城はあまり食が進まなかった。さっきからほとんどスプーンが動いておらず、量もさほど減っていない。水城はあることを考えていた。他でもない屋上にいた少女のことである。尾鷲涼花――彼女のことが頭から離れなかった。無意識に自分の腕に巻かれた機械を眺めていた。

「どうしたの? 食べないの? パーソナルリンクなんか見つめて」

 向かいにいた内田は心配して、水城に尋ねた。

(パーソナルリンク? これのことか?)

 聞き慣れない単語だった。だが、一度なりとも聞いたことのあるような感じがして、おそらく、自分の腕に巻かれた機械のことだろう、と水城は思った。

「まだ、慣れないのか? 機械音痴だったのか、貴鳥は? 初めて知ったぞ、お兄さんは」

「そうみたいだ。ちょっと操作ができない。調子が悪いのかな?」

「ちょいと貸してみ」と、山元は水城の手を掴んで寄せると、画面を操作し始めた。

 水城は、本当はこの装置について丸っきりわからなかったが、それを言っては不自然だろうと考えた。

「何がしたい? メール確認?」

(そんなこともできるのか。携帯電話かよ)

 水城は声に出してそう言いたかったが、なんとか踏み止まった。おそらく不審に思われるだろう。

「登録っていうのか? 登録してある奴を見たい」

「登録? ああ、アドレス確認ね。貸してみ」

 そう言って、山元は水城の腕につけられた腕時計状の機械――パーソナルリンクを操作し始めた。文字盤にあたる部分を触れる。立体画面が現れた。今までは、何かあれば、思い出したかのように感じていたが、この機械に関しては、あまり知らないものに水城は感じた。

「できた。とりあえず、不具合とかはないけどな。ここを見ればいいから。新着情報が一件……。えーと、尾鷲、涼花……?」

 携帯電話でいうところのアドレス帳のような画面が開かれていた。画面の上部には「新着情報」の文字があり、中央には、屋上にいた少女の写真、名前があった。

 その、画面に書いてある名前を読み上げると、山元の顔が青ざめていく。

「そ、それは、そのデータは生徒会長のやつじゃないか!? どうして貴鳥が持っている、それを!?」

 食堂中に響き渡る程の声量だった。それと同時に、山元は椅子を倒しながら立ち上がる。食堂内にいたほとんどの生徒の注目を、山元は集めていた。

「ちょっと山元君。声大き過ぎ。恥ずかしいから、早く座ってよ」

 内田が囁くように告げると、山元は「すまん」とおとなしく従って席に着いた。それにより、食堂は元の喧騒を取り戻す。

「それで、どうして貴鳥は持っているんだ? こういうデータっていうのはな、直接交換しないと手に入れられないんだぞ。こうやって」

 山元は自分のパーソナルリンクの画面を水城のものと付け合わせた。尾鷲と付け合せた時とは違って、今度は電子音がしない。しばらくして、山元は水城の腕を離した。

「俺と貴鳥はすでに交換してあったから音が鳴らなかったけど、データの登録時には鳴るんだ。……というか、それよりも!」

 山元は水城の言葉を待っている。水城は内田に助けを求めたが、彼女も同様で、弁当を食べかけであるのに箸を置いていた。多少なりとも興味はあるのだろう。それは、期待をしている表情だった。

(屋上でのことを言った方がいいだろう。いや、はぐらかそうか。どっちにしても何か言わないと、こいつらはずっと待っていそうだ)

 そう思い、口を開いた時だった。

 遮るようなアナウンスを知らせる音。水城のパーソナルリンクや食堂のスピーカーから鳴り響いた。

『生徒の呼び出しをします。一年A組の水城貴鳥君。一年A組の水城貴鳥君。至急、職員室、猿河さるがの所まで来なさい。もう一度繰り返します――』

 アナウンスが繰り返す前に、食堂中がざわめき始めた。自分の名前が呼ばれて焦っている水城の横を、二人の男子生徒が通り過ぎていく。

「水城とかいうやつ、死んだな」

「そうだな。終わったな。猿河に呼ばれるとか。しかも、至急だぜ?」

 水城は二人の姿を目で追った。その行動に、二人は気づいていない。

「……」

「死んだってどういうことだ?」

 水城は、青ざめて口を閉ざす山元に尋ねた。ただし、答えはない。代わりに内田が話し始める。

「えっと、水城君。わかっているの? 猿河先生だよ。あの生徒指導部長の」

「あの?」

「とぼけている場合じゃないわ。何があったか知らないけど、とにかく、早く行かないと……、その……、酷い目に遭う、と思うよ」

 内田は山元を横目に言った。まだ、山元の顔は青いままだ。山元は猿河について、何やら苦い思い出があるのだろう。

「早く、早く」

 水城は内田に急かされるように、まだ食べかけのカレーを置いて食堂から飛び出した。


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