生徒会長 尾鷲涼花②
「ふう。まったく、面白いねえ」
「何が面白いって、スズちゃん?」
屋上にいた尾鷲の後方では、一人の少年が立っていた。女性からは羨望の念を、男性からは嫉妬の念を抱かせるような日本人離れをした甘いマスク。碧い瞳と男性ながら艶やかな金髪はその容姿を引き立てていた。それと細身な体つきだが、頼りない様子は見られないほどである。
「あっ、いたんだ」
「『あっ、いたんだ』って、冷たいなあ。ホントは気づいていたでしょう? この僕に」
「まったく可愛いことを言うなあ、スズちゃんは」と、軽口を叩くように金髪の少年は言うと、腕を広げながら尾鷲に寄っていく。
「うるさいなあ。君に可愛いなんて言われてもまったく嬉しくないんだけど。そんなすり減ったような君のセリフじゃあさ」
尾鷲はそう言いながら、近づいてくる金髪の少年から離れた。
「酷いなあ、その言い草は。傷つくよ、こんな僕だってさ。それに、スズちゃんこそ上級生にタメ口を使っているよね。現在進行形で。さっきのあの子、水城君だったっけ? 水城君に酷いことしていたんじゃない?」
「ずっと見ていたの? ……まあいいのよ、私は。一応、『チーム』では君の上司にあたるようなものだし。それに、君はそんなこと気にしないでしょう?」
「まあね」と、後ろに手を回して校舎へのドア横にある壁にもたれた。水城が走って行った後で、ドアは閉まっている。
「ところで、何の用? 君一人?」
「いや、僕一人じゃないよ。まあ、律儀に階段を上って来てるよ」
さも、自分は階段で上って来ていないかのような口ぶりで、金髪の少年は尾鷲に告げた。
そこへ、
「俺はここにいるが?」
尾鷲と金髪の少年の間に、もう一人少年が腕を組んだ状態で現れた。しかも、彼は歩いてきたわけではない。瞬間的にそこに現れたのである。少し乱れた黒髪に、何かを切り裂くかのような鋭い目つき。彼も細身な体型だが、芯のある感じがして、総じて金髪の少年とは印象が違う。
「びっくりしたー。驚かすなよ、むったん」
金髪の少年は柔らかい表情で、現れた少年に言う。呼ばれた本人は不満げな表情だ。
「『むったん』言うな。それにお前は全然驚いてないように見えるぞ、エド」
金髪の少年は「エド」と呼ばれた。
「まあね、むったん」
「『むったん』言うな。オイ、涼花。お前からも言ってやってくれ」
「そうだね、むったん」
「涼花もかよ……」と「むったん」と呼ばれた少年は肩を落とした。
「そういえば涼花、張り紙階段の下に落ちていたぞ」
紙を手渡しする。そこには手書きで「関係者以外立ち入り禁止」と、書かれており、少し焼けて黄ばんでいた。
「あっ、うん。ありがとう。……ああ、だからか。しょうがないね」
尾鷲は一人で納得したように頷いた。水城がこの屋上に無断で入ってきた理由がわかったようだ。
「それで、二人して何の用?」
尾鷲の声色が変わった。残り二人もすぐに彼女に向き直る。
「『彼女』がお呼びらしい、俺達のことを」
「それで、僕達はスズちゃんを呼びに来たってわけ。というわけで、行こうか。まだ昼間だし、任務じゃあないと思うけど。もう準備は済んだ?」
尾鷲は腕に巻かれた装置を眺めた。文字盤のような画面では、カウントダウンをしており、ちょうど三十分を切ったところだった。
「うーん。まだダメみたい。あと、三十分くらい待ってくれる?」
「それじゃあ、しょうがない。まあ、『彼女』の用も今のところはまだ急ぎじゃないらしいから、いいよね、むったん?」
「だから、『むったん』言うな、ったく。……まあ、いいだろう。それなら、昼休みになって十五分後あたりで校長室前に集合だな」
「わかった」「オーケー」と、尾鷲と「エド」と呼ばれた少年が返事をする。それを聞いた「むったん」と呼ばれた少年は一度頷くと、その場から消えた。校舎へと戻るドアの開閉の音だけが聞こえた。
「むったんも行ったことだし、じゃあ、スズちゃんと僕はここでお茶でも」
「君もどこかへ行きなさい。はっきり言って、鬱陶しいわ」
尾鷲は見向きもしないで、言葉を遮った。「エド」と呼ばれた少年は、落胆したような足取りで、屋上のフェンスを飛び越えて消えていった。
(さて、大方私の予想通りかな? これは楽しみね)
日の光が照り付ける屋上では、残った尾鷲が一人で笑っていた。