水城貴鳥の決意
「さあ、水城君。それで、決心はついたかな?」
第四区へと進むワゴン車の中で、尾鷲は水城に尋ねる。その純真な瞳に、水城はただただ引き込まれていた。そして、水城はここにいるのが自分と尾鷲の二人であるということに再度認識した。
車のエンジンと、タイヤが地面をこする音がこだまする。水城はいまだに答えを出せないでいた。
人の生き死にが、自分の手に掛かっている。いくら自分が不死と言われても、これから他人の命を預かる役割となる。
その重圧が水城を躊躇させていた。だが、世界は個人を待ってくれない。事態は水城が考えていた以上に悪くなっていた。
水城は自分のパーソナルリンクに着信が入っているのに気が付いた。発信者の名前は燕倉と書かれて、通常の着信ではなくグループトークとなっており、メンバーの中には尾鷲、椋野、エドガーの名前も載っていた。
水城はボタンを押して着信を受ける。尾鷲を見ると同様のことをしていた。
『やっほー。みんな元気してる? みんなの頼れるアドバイザー麻衣ちゃんだよ』
どこか遠足にでも行くような楽し気な声色で、燕倉は話す。
『みんなに悪いニュースともっと悪いニュースがあるんだけど、どっちから聞く?』
『マイちゃん。こういう時はいいニュースと悪いニュースっていうべきだと思うんだけど……』
『エドのことは無視して燕倉、伝達事項を頼む』
陽気なエドガーを制止しつつ、椋野は続きを燕倉に促した。
『ええと、まずは悪いニュースね。隔絶の穴から出現が確認できた魔は、獣型、鳥型、ヒト型になるよ。ヒト型は五体、獣型と鳥型の数は複数確認できたよ。獣型と鳥型は数がわかったらまた送るね』
『五体か……、うわー』というエドガーの声が、水城のパーソナルリンクから発せられる。言葉だけでは落胆しているが、部活に向かうようなどこか明るい声色だった。
「それで? もっと悪いニュースってのは?」
尾鷲の質問に対して、『ええっと……』と、燕倉は歯切れが悪い。
『学生が逃げ遅れたみたいなんだよね、三人ほど。一人は四区の小学生の子。あとの二人はうちの生徒みたい。ほら、水城君も知ってる子だよ』
「俺の知っている……」と、水城が呟く。それを聞き終わるや否や、燕倉は続けてこう言った。
『内田清美さんと山元純矢君だよ。水城君のクラスメイトでしょ』
燕倉の言葉に、水城は息をつまらせた。この不測の事態に自分の知り合いが関わっている。関わってしまっていることに、水城は恐怖していた。命の危機が身近にあることを知った。しかし、今の水城にはどうすることもできない。決意を抱いていない彼には、まだ何もできない。何も成し遂げられない。
『巻き込まれたのが誰だったとしても、俺たちの仕事は魔を狩るだけだ』
「そんな言い方は!」
パーソナルリンク越しに、水城は椋野に対して食ってかかる。
『どうした? 俺たちの優先事項は魔だ。狩り損ねたらそれこそ問題だ。俺たちチームのメンツにも関わる。俺たち覚醒者が存在する意義もな』
「だったらーー」
『だったら、なんだ。お前はどうしたい?』
その先を、水城は言えない。今のままでは言葉を紡ぐことができない。
水城は考えた。この世界に来る前のこと。内気だった水城を萩が変えた。
水城は考えた。この世界に来てからのこと。自身の不死性、いまだわからない自身の覚醒者としての能力、尾鷲の言葉ーー覚醒者の責務。
水城は考えた。自身が奪ってしまった、この世界の水城貴鳥の意識、記憶、軌跡、そして友人であろう山元、内田のこと。
「俺は山元と内田を、いや、巻き込まれた全員を助けたい。そのためだったら、なんだってやってやる。魔がなんだっていうんだ。そんな奴ら、俺が全員倒してやる」
水城は啖呵を切るように語った。数秒の沈黙の後、横にいた尾鷲が笑う。パーソナルリンクからは繋がっているエドガーと燕倉の笑い声も、水城は聞いた。
「何が面白い!?」
『それが聞ければ十分だ』
唯一笑わなかった椋野はそれだけ言う。水城のパーソナルリンクには、「椋野恭市郎が退席しました」と表示されていた。
『水城君、君はそう言ってくれると思ったよ。もう自分を撃つなんて真似するんじゃないよ』
ひとしきり笑ったエドガーは笑みを含みながらに言い、退席する。
『まだ報告することがあったのに、二人はせっかちだね。まあ、メールかなんかで報告しておくわ。さてスズちゃんと水城君、君たちの方が逃げ遅れた三人に近いみたいだから、そっちに行ってもらうね』
『じゃあ、またあとでね。もうグループトーク切っていいからね』と、燕倉が言ったため、水城も尾鷲も通話終了をした。
少しの沈黙の時間が流れた。尾鷲は微笑をもらす。
「いい決心ができたね。水城君のその決意が本当かどうか、今夜は見定めさせてもらうわ。改めて、チーム『イーグル』へようこそ。私はあなたを歓迎するわ」
尾鷲は水城に握手を求めた。水城はそれに相対する。
「むっくんが悪かったわね。彼、言葉が足らないから。悪気があったわけではないのよ」
「これでも元の世界では二十年は生きてるんだ。試されているってことくらいわかる」
水城の答えに、尾鷲はいたずらっぽく笑った。
「その割には結構お怒りだったのでは?」
「うるさい」
水城は握っていた手を振り払うように話すと、そっぽを向いて窓の外を眺めた。窓の外の上空では、月は青白く、隔絶の穴は黒く怪しく光っていた。




