死後の世界もしくは夢の中
「――――きろ。起きろ! さっさと起きろ、水城貴鳥!」
「うわっ!?」
水城は自分の頬に衝撃を感じて飛び起き立ち上がった。
(な、なんだ? 何が起きた?)
頭を振って意識を整えると、目の前に不機嫌そうに顔をしかめたスーツの女性が立っていた。
「ったく、珍しいことだ。お前が一番前で、しかもこの私の前で堂々と寝やがるとはな。全く、いい度胸だよ。オイ、聞―いーてーいーるーのーかー?」
ぶっきらぼうな口調の女性が持っていた竹刀の先で、何回も額をつつかれる。さっきの頬の衝撃は、この竹刀で叩かれたものであることに水城は気づいた。
(一番前? 寝ている? 何を言っているんだ? 俺は死んだはずじゃあ)
「もういいから、早く座れ。授業の邪魔になるから」
「授業って……」
水城はキョロキョロと周りを見回す。横と後ろには彼を見ている中学生、もしくは高校生のような風貌をしている人々。水城の姿を見て笑っている者もいれば、熱心に教科書を見ている者もいる。視線を元に戻すと、目の前には黒板。およそ、学校の教室のような場所にいることがわかる。とすると、黒板に次々に文章を書きだしている竹刀を持っている女性は、教師であろう。授業中に竹刀を持っているのは少々常識はずれな気もするが。
(学校? いやいや、なんで俺が学校なんかに? 俺、死んだよな?)
水城は自分の手を見つめた。握ったり開いたり、指をわけもなく動かす。その感触は普段と同じである。
色々と思案した結果、ある結論に達した。
「……なるほど、ここが死後の世界っていうやつか?」
女教師のチョークを持つ手が止まった。そして、水城に振り返る。
「まだ寝ぼけているのか? それとも、私を馬鹿にしたいのか、お前は? どっちでもいいが、早く席に座れ」
水城は何か言い返そうとも考えたが、その後の女教師の無言の重圧に、しぶしぶ席に着いた。
ふと机の上に目をやると、ノートと教科書が広げてある。水城は何の考えもなく、パラパラとページをめくった。
(俺の字だ。表紙は……、律儀に名前を書いてやがる。「一年A組 水城貴鳥」……名前は俺のものか)
水城はノートに自分の名前を見た。筆跡も自分のものだった。だが、こんなものを書いた記憶はないし、ノートに自分の名前を書くという習慣は、水城にはなかった。
(まったく、わけがわからない)
疑問を抱いたまま、その授業は過ぎていった。