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クイーン  作者: 河海豚
第一章
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回想 水城貴鳥と萩創哉


 水城は高校時代に転校をしている。転校生というのは注目されがちであるが、水城もその例に漏れず、また、その注目の影響でいやがらせの対象となってしまった。

 初めは物を隠されるなど、その後のいやがらせから見れば小さなものであった。しかし、水城はそのことを誰にも言わず、いやがらせを行った相手に対しても何もせず、一人で耐えていたため、そのいやがらせはエスカレートしていった。その最たるものは、ただ一方的に多人数に殴られることであった。

 それであっても、水城は誰にも言うことはなかった。今でこそ自信を持った性格であるが以前は内気であり、元よりあったその性格に加えて自分が新参者であるという意識、それと父親がリストラを受けこの場所へ引っ越してきたという事情がある引け目があったからである。

 転校をしてから約三週間が経った時である。

「オイ、転校生」

 高校への登校後、いつも通り落書きされた机を拭いていると、とあるクラスメイトに首根っこを掴まれ、校舎裏へと連れて行かれた。

「転校生、俺が誰だか知っているな?」

 クラスメイトは水城を壁に押し付ける。

「……萩創哉くん」

「呼び捨てでいいぜ。タメなんだしな。俺も転校生のことは名前で呼ぶことにするよ」

 これが水城と萩の初めての会話であった。

「転校生、名前はなんだったっけ?」と、萩は尋ねた。水城はそれに対して、怯えながらに答える。

「水城貴鳥」

「水城、貴鳥……。水城貴鳥か」

 萩は一人、「うんうん」と唸る。

「貴鳥、お前は今のままでいいのか?」

 萩は、水城の目をまっすぐに捉えて言った。その目には一つの曇りもない。クラスメイトが水城に向けていた目とは全く違っていた。水城もその目を見つめていた。怯えながらも、萩の視線から目を外さなかった。今までであったら、視線に耐えかねて顔を背けていただろう。水城は自分でもそう感じていた。だが、卑屈な、引け目があるという考えがここですぐに変わるわけではない。

「萩……く」

「呼び捨てでいい。いや、呼び捨てにしろ」

「萩……は、どうして俺にそう言ってくれるんだ? 君はあいつらのボスじゃないのか?」

 萩のクラス内での立ち位置は、クラスのリーダーというべき存在であった。水城に対していやがらせを行っていた不良たちも頭が上がらない程に。

「確かに、俺はあいつらをまとめている感じだが……、ボスかと言われたら、そうじゃないな。俺はあいつらとは対等だと考えているし……。どうして、か。はっきりいって、貴鳥のことはよく知らない。話すのも今日が初めてだしな。でもな、こっちに来てからの三週間、お前は一度も学校以外で外に出ていないだろう?」

 水城は目を丸くした。確かに、萩の言った通りであったが、それよりも、なぜこのクラスメイトがそのことを知っているのか、と思っていた。

「なんで知っている? って顔してるな。お前は知らないかもしれないけど、貴鳥と俺は家が隣同士なんだよ。それで、貴鳥の親父さんがそう話してたってのを、お袋から聞いたからな」

 萩は水城の体を押さえつけていた手を離し、水城の隣へと座った。

「貴鳥は今、たぶんこの町が好きじゃないだろう?」

 水城は、萩の表情を見た。この男はなんの話をしているんだ? と思っていたが、それを口に出さずにいると、萩が続けて言う。

「俺があいつらにお前のことを構うな、って言う手もあるが、それだと、貴鳥の立場は下のままだ。貴鳥にはこの場所で楽しんでもらいたいし、好きになってもらいたい。俺達と対等な立場でな」

「何が言いたいんだよ、萩は?」

「簡単に言うと、俺が、貴鳥をあいつらと対等にしてやる、ってことだ。そうすれば、今よりずっと楽しいだろうし、俺も楽しめそうだから」

 萩は笑っていた。その顔は、水城がこの場所に来て自分に向けられてきたものとは違っていた。

「具体的には、どうすればいいんだよ」

 水城の言葉に、萩は「待ってました」と言わんばかりの表情を水城に見せた。そして、自分の顔の前で拳を作ると、

「これを、こうするんだ」

 水城の方を向いて、その拳を突きつけた。

「ど、どういうこと?」

 水城は、萩の言おうとしていることがわかっていたが、それでも萩に聞く。

「決まっているだろ? 貴鳥には勝ち取ってもらうんだよ。あいつらと対等な立場をな。拳を交えれば、あいつらも分かってくれるだろう。あとは、俺がフォローを入れれば完璧だ」

「でも、俺は喧嘩なんてしたこと……」

「そんなこと、見ればわかる。だから、これから俺が稽古をつけてやるって、言ってるんだよ。俺はこの学校じゃ、一番強いからな」

 萩は水城と肩を組み、胸を叩きながら「貴鳥には期待している」と、言った。

 水城にはそれが痛かったが、痛みだけではなく、何か身体の底からこみあげてくるものを感じていた。水城は他人に期待されるのは久しぶりだ、と感じていた。そして、それが心地いいものだと気付いた。

「どうして、俺にそんなことまでしてくれるんだ?」

 水城は萩に聞く。それに対して、萩は笑いながら答える。

「さっきも言ったが、貴鳥にはここを好きになってほしいんだ。あとは、そうだな……、俺は困っている奴は助けたいと思っている。俺は強いからな。それと、困っている『友達』を見捨てるほど俺は腐ってないぜ」

 萩の笑いは豪快なものになった。水城もそれにつられて笑いが漏れる。萩の笑いとは、雲泥の差であったが、それでも、表情をあまり外に見せなかった水城には、意味があった。

 萩は左手を差し出した。水城はその手を取った。

「持てる者がその持てる物を行使する。それが俺の座右の銘だ。これは親父の受け売りだけどな」


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