研究室(ラボラトリ)室長 アラン=ノーバード②
アランは後ろで扉の閉まる音を聞いた。それで、緊張を解くように長い溜息を吐く。
「……やっと行ったか」
「先生も酷ですね。幼気な少年に対して、あんな突き放すようなやり方をするなんて」
どこからともなく響く女の声を聞いた。それにより、また長い溜息をアランは吐く。緊張を解くのとは違い、今回は呆れた様子であった。
「さっきのメールで貴様がそう言えと言ったのだろう。それに名無し君を『幼気』と表現するのは不適切ではないのか?」
「それもそうですね。私としたことが、うっかりしていました。……しかし先生、私のことを貴様と呼ぶのはやめてもらえませんか? 私にも『クイーン』という名前があるんですから」
アランの後ろには、いつの間にかクイーンがいた。だが、その姿は水城達が会っていたクイーンの出で立ちとは違い、白衣を着て、長い白の髪を後ろで束ね、何故か赤い眼鏡を掛けていた。
「先生は私のことを物として扱う割には、『貴様』と、二人称で人間のように呼んでくれますよね? 面白いですね。何故ですか?」
「黙れ、私の部屋に来るなと言っただろ」
「あらあら、そうでしたね。それでは、」
そう言うと、クイーンはいなくなった。そして、
「ここであれば、問題はありませんね。先生のお部屋ではありませんので」
アランのパソコンの画面上に現れた。画面上には腰から上のみが映っている。他に画面には、模擬戦の動画があったが、クイーンは「閉じる」ボタンを押し画面上から消す。
「これはいらないですね」
そして、白衣の胸ポケットから赤ペンを取り出すと、動画ファイルに赤くバツ印をつける。すると、ファイルは勝手に消えてしまった。
「驚かないんですか、先生? 勝手に動画を消してしまって」
「貴様の行為に意味のないものはないだろう? それがたとえ、私の半日を無駄にしたとしてもね」
「先生、怒っていますか?」
アランは黙っている。それを、クイーンは気にもしない様子で、もう一度胸ポケットを探る。
「先生、こちらを見てください」
クイーンが手を広げると、動画ファイルが現れた。ファイル名には、わざわざ「模擬戦(本物)」と書かれている。アランはそのファイルを開いた。すると、画面上には水城達が行った模擬戦の映像が流れる。
「……最初からこれを見せれば良かったろう」
アランが映像を見ながらこぼした愚痴に、眼鏡をクイッと持ち上げて、クイーンは得意げな顔を見せる。
「映像をここまで編集するのに、ものすごい時間が掛かったんですよ」
「そんなわけないだろう。貴様の処理速度を考えれば、数秒も経たずに終わるはずだ」
アランの言葉に、クイーンは「フフッ」と笑い、続ける。
「先生の言う通りなんですけど。先生には、リアリティーのある演技をしていただこうと思いまして、偽物をお渡ししたんですよ。そのあたり、評価していただけると嬉しいんですけどね」
クイーンは画面内からではあるが、上目遣いでアランに懇願するように言う。だが、アランはそれを無視して映像を見ていた。
「……なるほど。これはおもしろい」
アランの呟きに、もう一度クイーンは小さく笑った。
「先生、それともう一つ朗報が」
クイーンはそう言って指を鳴らす。すると、非常ベルのような音が鳴り響いた。




