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クイーン  作者: 河海豚
第一章
25/30

研究室(ラボラトリ)室長 アラン=ノーバード

「麻衣君に名無し君。二人とも、そこらへんに適当に座ってくれ」

 白衣の男は、嬉々として燕倉麻衣と水城貴鳥に告げると、早急に部屋の奥に進み、椅子に座った。燕倉と水城は、書類が山となって積まれているのをおそるおそる進み、壁に立て掛けてあるパイプ椅子を取ると、それぞれ広げ、白衣の男に対面する。

「最初に自己紹介をしよう。私の名前はアラン=ノーバード。この『研究室ラボラトリ』の室長という肩書きを一応持っている。姓の通り、私はエドガー=ノーバードの父だ、名無し君」

 白衣の男――アラン=ノーバードは威厳たっぷりに告げる。

「名無し君、ってなんだよ。俺には水城貴鳥っていう名前が……」

「何が悪いというのだ。なあ、麻衣君」

「なんで私に振るんですか、室長? ワクワクしすぎでしょう、水城君に対して。というか、私はここに必要ですか?」

 燕倉は足が床に届かないと見えて、両脚をフラフラと揺らしていた。

「……そういう君は、なんで私の板チョコをバリバリ食べているんだ?」

「なんで、って? 糖分摂取ですよ、糖分摂取」

 アランの言うこと虚しく、板チョコは燕倉に噛み砕かれ、小さな体に収まっていく。

「私はそういうこと訊いているわけじゃないんだが……」

「おい! 俺を置いて話してんじゃねえよ」

 水城は立ち上がると二人に向かって言った。だが、二人が聞き耳を持つことはなく、

「名無し君、今はこっちの方が大事なんだ。研究明けにつまもうと思ったチョコを、私の愛する妻からプレゼントされたチョコを麻衣君が――」

「だから、名無し君じゃねえ。水城だって、名前はさっき言った。というか、室長さん、たった十数秒であんたの印象変わったぞ」

「ハァー」と無駄に長い溜息をついて、アランは続ける。

「室長である私にタメ口を使うくらいだからな。それと、これが私の素だよ、名無し君。室長という立場上、威厳ある話し方をしなければとは思っているんだが、どうにも私には合わないらしくてな」

「また、名無し呼ばわりかよ……」

「まあまあ、水城君。気を落とさないで。ほら、チョコ食べてよ」

 燕倉は食べかけのものを差し出すが、水城はそれを「チョコは嫌いだ」の言葉ではねのける。

「それは私のなんだけど……。もういい。これから本題に入る。時間もないからな」

 そう言うと、アランはそれまでのふざけた様子から一変させた。燕倉も手に持っていた板チョコを自分の白衣のポケットに仕舞った。

「この『研究室ラボラトリ』で行われていることは様々ある。ここがテクノロジーの最前線であるからな。名無し君も会っただろう? 『アレ』には」

「アレ」と言われて、何か、と水城は考えた。

「わからないのか? 君たちがクイーンと呼んでいるコンピュータのことだよ。我々の研究はほとんどが『アレ』ありきだ。私の『覚醒者』と『魔』の研究も含めて」

「私は開発が専門だけど、私の場合、ほとんど『彼女』は必要じゃないかな。あー、開発といっても、ほとんど武器なんだけどね」

「麻衣君、今は私の話だから、口を挟まないでほしいな。今度はこの部屋から出すよ」

「はーい」と、手を挙げて返事をする燕倉を見て、「本当にわかっているのか、この子は」とアランは漏らす。

「『覚醒者』は私の研究対象だ。その研究対象のことは、息子を含めて『能力名』で呼ぶことに、私はしている。少なくとも、この『研究室』内ではな。これがどういうことを意味しているのか、名無し君にはわかるか?」

「何を意味しているか……?」

 アランの言動、表情を見て、試されていると水城は考えた。

「俺がなぜ『名無し』と呼ばれているか、ってことか」

 しばらくして、水城が答えると、アランは不敵に笑い、「正解」と、返した。

 アランは先程、この研究室内では、覚醒者を能力名で呼ぶと言った。そして、水城は覚醒者である、という条件を満たしている。それにも関わらず、アランは水城のことを「名無し」と呼んでいた。そこに何の意味があるのかを考えた結果である。

「……と言いたいが、半分正解、といったところだな。テストだと三角しかもらえない解答だ。本当の答えはその先にある」

「本当の答え、……ですか?」と、水城。アランは続けて言った。苦し紛れに敬語を交えながらではあるが。

「名無し君、君は『覚醒者』のくせに能力を使えない。いや、『アレ』が言うには今は、らしいが。とにかく、今のところ名無し君は能力が使えない。能力が使えない『覚醒者』は『名無し』と呼ぶしかないだろう。なあ、麻衣君」

「いや別に、普通に名前で呼べばいいんじゃないですか? そんなこだわりなんて捨てて。自分の子供まで能力名で呼ぶなんて、なんて研究バカなんだ、って研究所の人が口々に悪口言っていましたよ」

 燕倉はなげやりに返す。

「君に聞いた私が馬鹿だったよ。もう君は喋らなくてもいいよ。というか、あいつら私の悪口言っていたのかよ。これは減給だな。それか陰湿な悪戯をしようか」

「クックッ」と、アランは笑いをもらす。本当にやりかねない表情であった。

「とまあ、こんなところだ。何か質問はないか? ないな。だったら出て行ってくれ。私は早く研究に戻らないといけないんだ」

「オイ待て。勝手に終わるんじゃねえよ。まだ終わってないだろ」

 椅子を180度回転させてパソコンに向かうアランを呼び止める。

「あれ? これだけ言っても理解できない?」と、アランは言う。その目には先程まであった水城への興味は微塵も感じられない。

「名無し君はあの『第二』をトップで入学したらしいじゃないか。頭はいいはずだろう? 特にあそこの試験では、特別に推察する問題が多く出ていたはずだが」

 アランはこう言うが、水城にはその時の確かな記憶はない。何も言わない水城を見て、アランは何かを思い出したような表情を示す。

「ああ。確かアレが言っていたな。名無し君は怪物的な還元率のせいで、この世界での記憶の残存、『残存率』とでもしておこうか。残存率が少ないんだったな。……ここまでのことは初めての例だから興味深い。ということで、後のことは麻衣君からでも聞いてくれ」

 アランは燕倉に目を向けたが、燕倉はそっぽを向く。

「……どうしたんだ、麻衣君?」

「さっき室長は言いました。私に喋るなって。だから私は喋りません」

 燕倉はそっぽを向いたまま言う。

「そこまでムキになる必要はないだろ。……ったく、仕方ない。私が説明する。名無し君の質問にはできるだけ答えるように、っていうアレのお達しだしな。だが麻衣君、私は君には謝らないからな」

お前もムキになってんじゃねえか、と水城は声に出さず唱える。アランはパソコンの方に向き直ると続ける。

「名無し君が名無し君である以上、今用はない。ただでさえ名無し君のおかげで昨日から研究が滞っているんだ。アレの命令で、模擬戦の検証をしなければならなかったからな。私がさっきまで何回、見ていたと思っている? 軽く百回は再生を繰り返したぞ。まあ、それを今から再開するわけだが」

パソコンの画面上に映像を映し出す。水城とエドガーの姿がそこにはあり、エドガーが刀で切りつけ、水城が避けた場面、それをスローで再生していた。

「興味深いのはこの場面だな。この後、『空中闊法(スカイウォーカー)』が講釈をたれるが、この顔は内心驚いている顔だ。それを裏付けるように言っていることとやったことが違う。ふん、ただ単に後輩相手に格好つけたかっただけだろう」

 アランは一時停止ボタンをクリックして巻き戻し、もう一度同じ場面を再生させる。

「どういうことだ? いや、その前にスカイウォーカー? 何だ、それは?」

「この画面と私の言ったこととで想像がつかないか? 能力名だよ、私の息子の。私が覚醒者を能力名で呼ぶと聞いていなかったのか? 能力の内容は……、時間がもったいない。今度『空中闊法スカイウォーカー』自身に聞いてくれ。この場面で私が気になったのはここだよ、ここ」

 エドガーが刀を振り抜くシーンが一コマずつ進んでいく。その部分をアランは指差す。

「どう見ても、勢いを緩めている気がしないんだよ。こんな風にスローにして見てみると。だとすると、プログラムを行っていない名無し君には避けられるはずがないと言える。他の場面でもそうだ。名無し君は明らかに銃弾を見て避けている。これは興味深い。名無し君の能力の糸口になりそうだ」

 アランは再び目を輝かせながら言う。

 画面上のいたるところに様々な映像を映し出す。そのどの映像も、何かしら水城が避けている場面であり、避けようとする標的を、水城は認識しているように見えた。

 水城自身にも身に覚えがあった。模擬実戦中、自分の身に何らかの危険が迫っている時、周りが今の映し出されている画面のようなスローに見えていたのを思い出した。

「とまあ、このような具合に、昨日の模擬戦を分析しているんだよ。だから、君が今ここにいる必要はないんだ。……全く、アレも無茶なことを言いやがる。こんな少ない資料で何がわかるんだか。もう一度、模擬戦を……、いや、本当の実戦をした方がいいのかもな、この際」

 最後の方を独り言のように言うアラン。現に水城には聞こえなかった。

「とにかく、早く出て行ってくれ。麻衣君、名無し君を連れて行ってくれ」

 燕倉は無言で立ち上がった。そして、水城の腕を掴んで立たせようとするも、水城はそれに抵抗し一向に立とうとはしない。

「待て! 俺はまだ……」

 この部屋に居続けようとする水城の口を手で塞ぐと、燕倉は水城の耳元に近づいて続ける。

「とにかくここから出ましょう。室長が教えなかったこととかも教えてあげるから」

 燕倉の表情は有無を言わさないと言っているようだった。それに、ここにいたとしても、たとえアランに何を尋ねたとしても、軽くあしらわれてしまうだろうとも水城には思えた。

「……わかったよ。出ていけばいいんだろ」

 水城はそう言うと、渋々といった様子で立ち上がり、部屋の出口へと進んでいく。燕倉が先に部屋から出ると、それに続いて水城が出ようとしたところでアランは呼び止めた。

「名無し君、結果は『アレ』か『空中闊法スカイウォーカー』か誰かを通じて伝えると思うから、まあ……、なんだ……、楽しみに待っていてくれ」

 水城は数秒立ち止まった後、無言で出ていった。

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