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クイーン  作者: 河海豚
第一章
24/30

研究室(ラボラトリ)

 病室を抜けた場所は一本道の廊下だった。そこでも、病室と同じく白の空間が続いていた。壁には窓はなく、一定の距離で扉があり、その部分だけは、色は白ではなく木目調であった。「不釣り合いだ」と水城が言うが、燕倉によると、

「扉まで白かったら、その部屋入れないじゃん」

 とのことだった。水城は冗談だと思ったが、ここの責任者がそう言ったらしい。

「それで、俺は今からその責任者の所に行くってところか?」

「そういうこと。室長は君に興味があるらしいし」

 二人は廊下をゆっくりと歩いていた。水城は時折、壁に手をついてぎこちなく歩いていたからであるが、燕倉にとっては、水城との身長差による歩幅の違いがなくなったことでちょうどいいと感じる速さであった。

「やっぱり歩きづらい? 杖とか車椅子ならさっきの部屋に戻ればあるけど」

 下からのぞきながら言う燕倉に、「大丈夫だ」と、水城は答える。

 それを聞いた燕倉は「そっか」と言って、着かず離れずの距離まで離れた。万が一に水城が倒れてもいい距離である。

「そういえば、水城君が寝ている間、メールが来ていたよ」

「メール?」

 水城はポケットに手を伸ばし掛け一度止めると、そのまま手を顔に近づけ手首にある腕時計のような物――パーソナルリンクを見る。

(そうだ、こっちだったな。……確か、山元がこんな風に)

 山元が操作した時のことを思い出しながら、水城はパーソナルリンクの画面に触れる。すぐに、小さな立体画面が現れる。画面の左上に「メール」とカタカナで書かれており、その部分に触れると、画面が変わった。件名と宛名が羅列されており、それをまた触れると、メールの本文が現れるのだろう。メール画面の上二つの宛名には「山元純矢」の名前があり、何故か既読となっていた。水城は無言で燕倉を見つめる。

「ああ、寝ている間にメール見ちゃって、山元純矢君だったっけ? 急ぎの用だったみたいで、その子に返しちゃった」

 燕倉は舌を出して自分の頭を小突くと「てへっ」といった声を出した。

 それを見た水城は、冷めた目をしてパーソナルリンクに視線を戻す。宛名が山元純矢のものであるメールのうち、先に来た方を触れた。メールの内容は次のような用件であった。

『件名:明日の学童園の手伝いについて

 本文:体調不良で帰ったようだけど、念のため明日の確認ね。参加者は俺と貴鳥と内田だけだから、授業後すぐに三人で駅に行くよ。四時十五分くらいに第四区北駅に着いて、その後バスに乗って五分で学童園に着くから。あとは、職員の方の指示を受けてからやるからね。終了時間はだいたい六時十五分くらいになるって向こうも言っていたからその予定でよろしく。

 でも、身体もお大事に。内田からもそう伝えてくれ、って言われたから。無理しないように。』

(学童園……。同好会の活動ってことか)

 山元からのメールは一つ目は水城が所属している部活動――ボランティア同好会の活動についての内容であった。明日についての連絡とあるが、もう既に今日の話しである。メールの文面には体調不良とあったが、昨日の昼休み後の水城の行動、具体的には授業に参加しなかったことは、体調不良として処理されたようである。

 次に、水城はもう一方のメールを見た。

『件名:Re:Re:明日の学童園の手伝いについて

 本文:あっ、そうなの。うん。なんかいつもと文体が違うけど……。わかった、内田にも伝えておく。お大事に』

 どこかよそよそしい、引いたような印象を抱かせる文面であった。水城の頭には「?」が浮かんだ。それと同時に、この女はどんなメールを返したのか、と怖くなっていた。

 水城は画面を二つ戻る。そして、送信済みのメールへと進んだ。燕倉がどのようなメールを返したのか確認するためであった。内容は次のような文面であった。

『件名:Re:明日の学童園の手伝いについて

 本文:なんか、検査が必要なみたいで明日行けそうにないみたい(泣)

 でも、明後日には学校には行けそうだから、授業の内容とかよろしく☆』

 文末の(泣)や☆だけでなく、文中にも絵文字が散りばめられており、水城には見るからに頭が悪そうに思えた。何故か頭痛がするほどにである。確かに部活には不参加であることを伝えており、授業へ出席できない理由も明記してあるため、文句を言えるものではない。しかし、もう送ったメールである。過ぎたことは仕方ないにしても、もう少し文体を考えるべきではなかったのか、と水城は燕倉に言ったが、当の燕倉本人はどこ吹く風といった様子であった。

 しばらく無言の時間が続いた。それをいい機会と、水城は燕倉に尋ねる。

「なんでさっき俺は動けなかったんだ?」

 水城の質問に、燕倉は答える。

「君は、模擬戦のことは覚えているよね」

「もちろん」

「じゃあ、最後に自分が何をしたのかもわかっているよね」

「……もちろん」

 先程と同じ言葉を使った答えだったが、今度は歯切れが悪かった。無理もない。今でも、何故あのような行動に出たのかが不明瞭だったからだ。夢である、と判断した方が納得できるくらいに、自分から行動したとは思えなかった。

 自分のこめかみに銃口を突きつけ、そのまま引き金を引いたのだ。

「あんなことがあっても、俺は生きている。なんだ、あれは? 頭がおかしくなって幻覚でも見て、気を失ったのか?」

 水城は誰にでもなく問いかけるように言った。儚い希望にすがるように、自分に言い聞かせるように。だが、この場には燕倉がいる。燕倉は首を横に振って現実を告げた。

「いいえ。君は死んだ。こう、自分の頭を撃ち抜いてね」

 燕倉は自分の手を銃に見立てて頭に突き付け、茶目っ気のある声で「バーン」と言った。

「なんであんなことをしたんだ? 何故、俺は生きている?」

「やっかいなことに、死ねない身体になっちゃったんだよ。実際問題、ほんとに死ねないわけじゃないけど」

 神妙な雰囲気の水城とは裏腹に、燕倉は今日学校であったことでも話すかのように軽い。

「……死ねない身体?」

「そう、『死ねない身体』ね。たとえ、心臓を刺されても、屋上から飛び降りても、頭を撃たれたとしても生き返るんだよ。その時伴った傷もすっかり塞がった状態でね。でも、慣れてないと、死んだら身体が硬直するように、意識を戻した直後は筋の緊張が強くなるよ、さっきの君の状態みたいに」

 水城は思わず、自分のこめかみに手を伸ばした。もっともそこには傷ひとつなく、肌にも異常は全く感じられない。

「わけわかんねえよ。なんで……、なんで死なないんだ?」

「そんなの知るわけないじゃない。死ねない人間が現れてからずいぶん経ったけど、どんな研究者も解明できなかった、って言うんだから」

 燕倉は子供が怒ったような表情になったが、「でも、」と、言いかけて、すぐに得意げに見せた。

「そういう人間には共通点がある、ってことがわかっているんだよ。今の研究室ラボラトリの室長が発見したんだけど。君みたいに、この世界とは違う記憶を持っているっていうね。それで、その違う記憶を持っている確率を還元率っていうんだけど、……って、これは誰かから聞いているかもね」

「それともう一つ」と、人差し指を掲げる。

「特殊な能力がつくんだ。およそ通常の人間が得ることのできない能力が」

「特殊能力とか、SFかよ……」

 水城の呟きに、燕倉は笑いをこぼす。

「確かにね。いきなりそんなこと言われても、って感じだね、普通は。でもさ、君はもうその目で見ているんだよね、実は」

「心当たりない?」と、燕倉は下から覗き込んだ。

 水城は、意識がここに来てからのことを思い出していた。思い当たることと言えば一つしかない。

「模擬戦か」

「正解、正解! まあ、ヒントがあれだけ出ていたわけだし、当然の結果だと思うけどね。今、説明ように『還元率』と『特殊能力』これが、君たち『覚醒者』のキーワードのはずなんだけど……」

「今度はなんだ? 覚醒者? 還元率とは違って、何を意味するかはわかるけど」

「そんな余裕かましている暇はないよ。水城君には問題があるんだから」

 燕倉はそう言って足を止めた。水城は「問題?」と、首を傾げたが、燕倉に倣う。

 二人が止まった前の壁、そこには、これまでとは違う色の木目調のドアがあった。ここの部分だけ特別であるようで、扉だけでなく、ドアノブから蝶番に至るまで、赤色であった。それともう一つ、水城の目を引くものがあった。それはネームプレートで、なぜだかひらがなで「しつちょー」と書かれていた。

「さあ、着いたよ。続きはこの中で……」

「やあ『名無し』君! 君のことを、私は首を長くして待っていたよ!」

 燕倉がドアノブに手を掛けようとしたところで、室長室のドアはいきなり開かれる。二人の目の前に、扉と同じ髪色の白衣の男が目を輝かせながら現れた。

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